部隊編成
Ⅰ
任務開始から二週間ほど時が経った。
いまでは日中は学園で護衛をし、夜になると組織の別任務をこなすのが日課になりつつある。とは言え、夜に任務があることは少ないため、実質的には長めの休暇をもらっているようなものだった。
まぁ、その休暇も日中は暇なので退屈なのだけれど。
「――部隊? 俺にそれを率いろって?」
「け・い・ご」
「……言うんですか?」
そんな暇を持てあます日々を送っていると、不意に妙な話が舞い込んでくる。
それはプレイが現れたときに備えて部隊を編成する、というもの。構成員はもちろん、この真央魔術学園における人口の大半を占める生徒ということになる。
正直な話、正気の沙汰とは思えない発想だ。
学生に兵士の真似事をさせるなんて、俺には思い付きもしなかった。
「実戦経験のない生徒をプレイと戦わせようとするなんて、どうかしてますね」
「本当にね、同意するわ。けれどね、こんな話、仮にも生徒である貴方には言いたくないけれど。もしプレイが現れて、私たち教師が全滅したら、他ならぬ生徒たち自身でことを切り抜ける必要があるわ。もちろん、そうならないようにするのが大人の勤めだけれど……」
「まぁ……何事にも例外があるってことですか」
万全を期していても不測の事態は起こるものだ。
すべてが上手く運ぶなら、それに越したことはないけれど。いつ何時、不都合や予想外が起こるとも知れない以上、備えは必要だ。その一つの答えとして、学園は部隊編成を選んだのだろう。
それでも手放しで賛同はできないが。
「主だった運用は撤退戦になります。私たち教師がプレイと戦闘を行っている最中に、全校生徒が安全に逃げられるように指示、または護衛することが目的の部隊ということになるわね」
「……ようは、殿部隊でしょう? それは」
撤退戦における最後尾。
追撃者を食い止め、撤退の時間を稼ぐための部隊。
イリーナ先生は言葉を濁していたけれど。プレイの規模次第では、教師だけでは手が回らなくなるだろう。そうなった場合、溢れ出したプレイと戦うのは俺達だ。背後に護るべき生徒を配し、敵の侵攻を食い止める役目を背負うことになる。
その生存率は、極めて低い。
「そうとも言うわね。否定はしません」
「少数を犠牲にして多数を逃がす。なるほど、合理的ですね」
当然の考えだ。
諸共、全滅するくらいなら少々の犠牲を払ってでも、生き延びるほうがいい。蜥蜴の尻尾切り、と言えば印象が悪いが、それで多数が救えるなら、その考えを否定しはしない。
後味は悪いが。
「――でもね。私は部隊の子たちにも、死んで欲しくはないの」
「そいつは――贅沢ですね」
「そう。とても贅沢なことを言っているわ。でも、いいじゃない。大人だって我が儘を言いたくなるわ。それが大切な生徒のことなら、尚更ね」
生ぬるい。誰も死なずに、なんて。
だが、それをあえて口にしたイリーナ先生の心意気には感心するばかりだ。
誰もが望みながら言葉にしないことを、不可能だと諦めた希望を、イリーナ先生は言い切った。諦めなかった。
ならば、こちらもそれに応えるだけの心意気を見せなければならない。
「わかりましたよ、イリーナ先生。つまり、俺がその部隊を鍛え上げればいいんでしょ?」
「……出来る?」
「約束は出来ませんよ。なにせ、魔力無しなもので。でもまぁ、だからこそ教えられることもあります。現状のまま戦場に出せば十中八九返り討ちですけど、それを五分くらいには持っていって見せます」
実戦経験のない生徒が戦って敵うような相手ではないことは、よく知っている。
かつて俺が剣を交えてきた者達は、みんなそんじょそこらの魔術師とは違う、本物の手練れたちだった。
そんな彼等と戦えば、まず間違いなく生徒側に勝ち目はない。
だから、鍛え上げよう。実戦を叩き込もう。
それでようやく五分だ。勝負にはなる。
「そう、十分だわ。ありがとう、アザミくん」
「どう致しまして」
殿部隊の編成と訓練。この二つを俺は請け負った。
部隊を持つということは、部下の命を預かるということ。これからこの命は自分一人の物ではなくなる。自分が死したその瞬間、部下も道連れにしてしまうということを、胸に刻まなければならない。
それにしても、魔術殺しが魔術師を鍛える、か。
更に笑える話になってきたな。
Ⅱ
「――よう」
「んん? わぁ、魔力無しくんじゃん。久しぶりだねー」
校舎のとある一角に、ひっそりと展開された空間魔術。
本来、校舎の構造的にありえない場所に造り出された不可思議なものが沢山つまった空間。そこに任務初日に起こった騒動の中心人物たるケリアはいた。
また懲りもせず、校舎の一部を私物化しているらしい。
「どうして此処がわかったの?」
「校舎の構造は頭に入ってる。そこから候補となりえる場所を幾つか見付けて、あとは虱潰しだ。ここは三番目だったよ」
「ふーん。なるほど、そう言う探し方もあるんだー。今度から気を付けないと」
そう言って、ケリアの視線は俺から手元のなにかに移される。
なにかしらのカラクリを組み立てているようで、いまはそれに夢中なようだ。
「それでー? どうしたのー? ケリアちゃんが恋しくなっちゃった?」
「ま、そうなるかもな」
大きな括りで言えば、の話だが。
「わお、大胆だねー。で? 用件は?」
「近々、部隊を持つことになった」
「へー、おめでとー」
ケリアは、視線をこちらに向けずに言う。
感情がこもっていない辺り、どうでもいいのだろう。
自分の興味があることにしか関心が向かない。
恐らく、それは人物にも当てはまる。
ケリアにとって俺は、まだその対象みたいだが、時期にそれもなくなるだろう。
このままでは。
「そこで勧誘に来た」
そして、その一言で再び視線が合う。
「私を? これはこれは、どう言った風の吹き回しかね。よりによってこの戦闘能力皆無の私を誘うなんて」
「それに関しちゃ期待してないから安心しろ。俺が欲しいのはお前の脳味噌だ」
そう言いつつ、懐から一枚の用紙を取り出してケリアに渡す。
「これは?」
「現状、俺が自由にしていい金だ。これでゴーレムを造って欲しい。何度、粉々にされても即座に直るような、とびっきり出来の良い奴をな」
そう遠くない時期に、部隊編成のための試験を行うことになっている。
その際に、合格の基準となるのがゴーレムだ。強さの指標として設定しやすいし、試験のあともプレイの迎撃兵器として腐らない。
生徒の選別が出来て、戦力増強にもなる。一石二鳥だ。
「ふむふむ……なるほど、いいよ。そう言うことなら、協力してあげる。誘いに乗っちゃう」
「いいのか? 正直、断られると思ってた」
あの興味なさげな声音を聞いたら、誰だってそう思う。
諦め半分で用紙を見せたし、試験は俺が希望者全員を相手することを覚悟したものだ。
「あははっ、ほんとは面倒だし断ろうと思ってたけどー……思い出したの!」
「なにを?」
「まだ地面を割ったアレを解き明かしてない!」
「アレ……あぁ、無窮のことか」
たしかに無窮を見た時のケリアは、しつこいぐらいに訪ねて来たな。
今のはなんだ? と。
「言っておくけど、本当に自分でもわからないからな?」
「それはわかってる。だから、言ったでしょ? 解き明かすって」
立ち上がり、歩み寄り、ケリアは顔を近づける。
「キミのすべてを調べ尽くして、知り尽くして、アレがなんなのかを解き明かす」
そうとだけ言って、ケリアは離れた。
「それがわかるまでは、キミに協力してあげる!」
悪戯な笑みを浮かべて。
喰えない奴だな、本当に。
「えーっと。そう言えば名前、聞いてなかったね」
「あぁ、そう言えばそうか。じゃあ、改めて自己紹介だ。俺はアザミ」
「私はケリア。よろしくね」
言葉を交し、名前を交し、握手を交す。
こうして一人、殿部隊に仲間が加わった。