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至高の一刀


 ケルベロスもどきは、付かず離れずの距離から周り込むように歩いている。六つの視線で射抜きながら、隙を窺うように。

 今のところ、俺は奴の攻撃をすべて落とすか、躱すか、している。常套手段が通じない相手だと、奴も学習しているのだろう。

 安易に攻め込んでこない。

 なら、あえて隙を見せてやろうか。


「――おい! こっちみたいだぞ!」


 校舎のほうから声がする。

 ケルベロスもどきの咆哮に釣られて、学生たちが集まり始めていた。

 それに――その声に反応したように、視線を一度そちらへと向かわせる。


「GAaaaaaAaaAaaaAAAaaaaaaaaaaAAaaaaaaa!!」


 意図した隙をつくように、ケルベロスもどきは獣爪を薙ぐ。

 不可視の攻撃がこの身に迫り――だが、それを刀の一振りで斬り裂いた。


「ほら、食い付いた」


 一爪を無に帰し、畳みかけるように地面を蹴って肉薄する。

 二爪目は撃たせない。一息に距離を詰め、間合いに踏み込み、迎撃を中断して回避に移ろうとしたケルベロスもどきに対して一刀を見舞う。

 刃は肉を斬って骨を断ち、前脚の一本を刎ね上げる。

 肉の塊が宙を舞い、散った鮮血が雨の如く周囲を濡らす。


「GAaaA!!」


 しかし、怯まない。

 残ったもう片方の前脚で踏み止まった奴は、回避行動の途中から無理矢理身体をねじ込んで、その鋭い牙を剥く。

 それはどの魔物も行う、もっとも原始的な攻撃。ただ噛み付くという行為は、それが魔物と言うだけで必殺の一撃になる。

 けれど、そんな見え透いた一撃を喰らう訳はない。

 刀身を翻し、血糊を貼りつけた刃は水平に馳せた。

 血に染まる紅き一閃は、ケルベロスもどきの双眸を潰して過ぎる。


「GAAaaaAaaaaaaAAaaAaaaaaaaAAAAAAaaaaaaAAaaaa!!」


 ここに来て――脚一本と瞳二つを失って、ようやく怯む。

 その隙を逃す手はない。痛みに仰け反ったケルベロスもどきに再度、肉薄して刀を振るおうとした。


「――なっ!?」


 視界が赤に染まる。

 艶めかしい血の紅ではなく、鮮烈なる炎の赤。それが眼界を覆い尽くしている。

 だが、それはケルベロスもどきが有する三つの頭のうち一つから放たれたモノではない。その炎の出所は――前脚だ。

 切断し、刎ね上げた前脚の患部から、まるで火山の噴火であるが如く、炎が噴き出した。


「くそッ」


 攻撃のために振るった一刀は、身を護るための防御に成り下がる。

 刃は炎を裂いて一部を無に帰したが、一時しのぎにしかならない。夥しい量の炎は絶え間なく溢れ続け、至近距離にまで詰め寄った俺に、退避以外の行動を許さなかった。


「まったく。なんてモノを生み出してくれたんだ、あの野郎は!」


 血の代わりに炎を吐いて、ケルベロスもどきは立つ。

 炎はただ流れるだけなく、失われた脚の代替として形作られている。

 同様に、潰した目からも炎が噴き出し、目の機能を補うように球体となった。


「これじゃあ半端な攻撃は無意味だな」


 失った身体の機能を炎が補うのなら、傷付けるだけ無駄だ。

 寧ろ、前脚の患部がそうだったように、攻撃の手段を増やすことになる。

 殺すためには、一撃で仕留めなければ。


「――おっまったっせー」


 ケリアの声。

 それが耳に届き、戦闘のために遮断していた無用な音を脳が拾い始める。

 喧騒。どよめき。そんな数多の人間の声で構成された音の波が、こちらに雪崩れ込んできている。どうやら、いつの間にか見世物になってしまっていたらしい。

 ケルベロスもどき越しに見た校舎の窓には、各階層の生徒たちが映っている。

 こっちが命懸けで戦っているって言うのに、随分と暢気な奴等だな。


「行くよー! ケリアちゃん特性の思考停止薬ー! それっ」


 校舎から投げられたのは、見るからに身体に悪そうな色をした液体だった。

 瓶詰めされたそれは放物線を描き、ケルベロスもどきに向かう。けれど、そんな単純な軌道と決して速くない速度で動く物体が、奴に当たるはずもなく。意図もたやすく避けられてしまう。


「まぁ、そうなるな」


 瓶は割れ、液体は地面に染み込んだ。


「ケリア」

「そんな目で見ないでよー。大丈夫。ほら、成分が風に乗ってー」


 その言葉の通り、どうやらケリアの目論見は成功したらしい。

 炎が消えかけている。

 ケルベロスもどきの負傷から噴き出ていた炎は、もう何度も消えかけては盛っている。それは思考能力の低下によるもの。投げられ、割れ、風に乗った薬品の効果。あれは宣言通り、数秒もの間、動きを止めるだろう。


「役目は果たしたからねー」


 耳に届いた言葉は、それが最後だった。 

 無駄な情報をすべて省き、必要なものだけを認識する。

 静寂の中で刀を研ぐ。幾度も幾度も研ぎ澄ます。

 感覚で、神経で、経験で、肉体で、息遣いで、所作で、鼓動で、極限まで鋭さを突き詰める。ある時を境にして静止した刃が撫でつける風を断ち、凜とした音を奏で始める。

 その鳴りは初め無秩序なものだったが、次第に落ち着いた音色に育つ。

 その域にいたるまで、要した時間は数秒ほど。

 ちょうどケルベロスもどきが思考を取り戻すころ。


「GAaaaaAAAaaaaaaAAaaAaaaaaaaaAAAAaaaaaaaaaa!!」


 再び炎を宿し、奴は咆哮を放つ。

 炎の脚を大地に叩き付け、その勢いのまま猛進する。

 殺意のみを原動力に巨躯は駆けた。

 迫る、踏みいる。

 牙が、爪が、炎が、この身に迫る。


「――こいつが面倒なところはな」


 跳び上がり、牙と諸々を躱し、ケルベロスもどきの頭部の一つに立つ。


「時が掛かりすぎるのと――」


 頭上の敵を振り払おうと、激しく身体を揺さぶり。

 俺は遥か上空へと打ち上げられる。


「――余計なものまで斬っちまうことだ」


 空の上、俯瞰の視点でケルベロスもどきを捉える。

 狙いを澄ませ、刀を構え、抱き続けてきた一念を乗せる。

 放つのは、魔力無しとして生まれた俺が、唯一編み出した技と呼べるモノ。

 眼界にあるすべてを断つ、きゅうすることの無い至高の一刀。

 名を。


「――無窮」


 斬り裂くのは、眼界を彩る一枚絵。

 描くのは、視界という額縁の端から端までを横切る無慈悲の一閃。

 この刃を阻む者はなく、逃れうる者はなく、一切の例外をも認めることはなく、断ち斬れる。

 いま虚空を渡り、大地に深く刻み付けた刀傷。

 その過程にあった巨躯の魔物は、だから正中線上から二つに断たれて絶命する。


「っと……縦に割ったんだ。流石に、起き上がれないだろ」


 着地と共に、勝利を確信する。

 一応、ケルベロスもどきの死亡も確認しつつ、緊張の糸がすこし緩む。

 遮断していた情報の供給が始まり、そして割れんばかりの歓声が耳を劈いた。


「な、なんだ?」


 それは賞賛の声だった。

 バケモノと戦うグラディエーターが、その末に浴びる類いの声音だ。

 どうやら俺の戦いは見世物として一級品だったらしい。


「キミキミー、中々やるね。私のケルベロスもどきちゃんをホントに倒しちゃうなんて」

「……いつからそこにいた?」

「さっきだよーん。それよりー、ねね、いまのどうやったの? 魔力も使わずに魔術めいたことしたでしょ? いま。どう言う原理なのー? ねー、ねー」

「知らねーよ。剣を振ってたらいつの間にかこうなってた。以上」

「えー、そんな訳ないでしょー? 勿体ぶらないで教えてよー」


 知らないものを教えろと言われてもな。


「そんなことより、どう収拾をつけるきだ? これ。大騒ぎだぞ」

「……チョット、ナニイッテルカ、ワカラナイ、デス」


 急にカタコトになった。


「なんで、わからないんだよ。わかろうとしないからだろ。現実を見ろ」

「ケリアチャン、カエル、アト、ヨロシク」

「待てコラ」

「あーん、離してー」


 首根っこを掴んでその場に留めていると、騒ぎを聞きつけた教師がやってくる。

 それを見て、ようやくケリアも観念したのか、大きなため息を吐いて肩を落としたのだった。

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