王のいない国
Ⅰ
息を吐く。
「其は闇夜を照らす情熱――」
詠唱が読み上げられ、魔力が溢れ出し、魔術師は魔術を行使する。
「――情焼輝粒」
それは真昼に輝く星の海であるかの如く、燦めいた数多の火球だった。
押し寄せるそれを見据え、ようやく余分な息を吐き終える。過不足のない戦闘だけに特化した呼吸。息を呑み、息を止め、息を殺し、迫り来る魔法の一群に向けて、一刀を振るう。
下方から上方へ、視界を埋め尽くすほどの火球の群れを引き裂いた。
「――まただッ! 一体どうなっているッ!?」
自身の魔法を雲散霧消させられた魔術師、相対した敵はそう零す。
不可解だ。
そんな感情を孕んだそれは、俺と相対した者が決まって口にする言葉だった。
「貴様ッ! どんな手を使った!」
「――問答無用」
これから死ぬ人間に、説明してやる義理はない。
地面を蹴って、敵との距離を詰めにかかる。
「くッ!」
落ち葉を散らし、腐葉土を踏みつけ、駆け抜ける。
降り注ぐ火球を跳んで躱し、木の幹を足場として更に跳ぶ。
「落ちろッ!」
間近に迫る敵を排除しようと、魔術師は特大の火球を撃ち放つ。
極小の太陽がごときそれは、近づくだけで肌を焦し、肺を焼くような熱気を持つ。すでに跳躍して空中にいる俺に、これを躱す術は残されていない。
だが、大小は関係ない。
それが魔術であるならば、一刀で十二分。
振り払った一閃は、視界を埋め尽くした火炎を引き裂いた。
「――馬鹿な。こんな、たやすく」
特大の火球を霧散させて、その身に迫る。
至近距離。そこはすでに俺の間合い。
ほかの何者も割って入ることの出来ない領域に踏み込んだ。
「終いだ」
天から降る雨の一粒が如く、それは落ちた。
白刃は弧を描き、その過程にあったすべてを裂いて過ぎる。
静止した刀身には血糊が貼りつき、散った飛沫が地面を紅い斑で染めた。
「……なぜ、だ……なぜ、魔力無し……如きに」
最期にしては、それは随分と潔くない言葉だった。
そうして、魔術師は力尽きた。生命活動を停止した肉体からは、もはや不要となった血液が流れ出て、地面を紅く浸食していく。
その様を最期まで見届けると、血糊のついた刀を払い、納刀する。
「任務完了っと。さて、報告だ」
踵を返して、森をあとにする。
任務完了を知らせるために、故郷であるヘキサへと足を進めた。
Ⅱ
王のいない国家、ミクスト。
この国には大きく分けて、三つの民族がいる。
魔力に長けた魔術の民。
戦に長けた戦士の民。
殺しに長けた技量の民。
この三民族は互いに対等であるとし、国のすべてを三分割し、政でさえも民族の代表者である三人に任せることにした。王がいないのは、このためだ。
それはこの中央都市である六角形の街、ヘキサでも変わらない。
三民族から三人の代表者が選ばれ、街は三分割に区分けされた。
区域ごとに民族独特の生活と営みが見て取れるこの街は、一つの街に三つの国があると称されるほど観光地として有名となった。
とは言え、それもすこし前までの話なのだけれど。
「報告。奴等――プレイと名乗る組織の撃退に成功。うち、幹部と思われる者の首を一つ取った。以上」
「ご苦労、アザミ。なかなかの戦果じゃあないか。流石は、魔力無しの魔術師だ」
「……俺をその名で呼ぶなって何時も言ってるだろ」
「魔術殺しのほうがいい?」
「それも止めろ」
戦果報告の際、エクレールは頻繁にその名を口にする。
魔力無しの魔術師。魔術殺し。
俺自身に魔術師としての自覚などないし、なった憶えもない。魔術殺しのほうも、俺には大それた名だ。
俺はただの剣客で、剣を振るうしか能のない男だ。ただそれが高じて、魔術が斬れるようになったというだけで。
だから、俺はアザミだけでいい。
「でも、実際のところキミは異例だ。普通、魔力無しが魔術師と戦って勝てる道理はない。が、その道理をキミはその剣技で斬り伏せている。なんとも稀有なことだよ、本当に」
「……そいつの話はもういい。むず痒くてしようがない。それより、だ」
話を逸らすように、すり替えるように別の話題を出す。
「何かわかったのか? プレイについて」
現状、プレイについてわかっていることは少ない。
三民族のいずれでもない者たちだと言うこと。
無差別に殺戮を繰り返していること。
なんらかの明確な目的があって行動していること。
それくらいで、実質的にはなにも分かっていないのと同じ状況にある。
次に会うときまでに調べておくと言ったのは、いま目の前にいるこの男だ。
エクレールのことだから、なにか掴んでいることだろう。
「あぁ、どうやら彼等は被害者気取りでいるらしい」
「被害者気取り?」
随分と妙な話の流れになった。
「プレイの意味。それは被食者だ。身を喰われた者たち。食い物にされた者たち。だから、そう名乗っている」
「……これまでの殺戮行為は、正当性のある復讐だって言いたいのか? 奴等は」
「だろうね。おまけに組織の目的は民族浄化だ。この国にある民族を鏖殺して、自分達だけの理想郷を造りたいらしい」
これまでの情報を繋ぎ合わせてみると、やはり妙な結論に辿り着く。
「まるで――まるで、元からこの国は自分達のものだった、とでも言ってるみたいだな」
「実際、そう主張しているようだよ。最初に被害のあった魔法の民の中に、そう聞いたと言う者がいた。曰く、我らの国を取り返す日は近い、だそうだ」
「取り返す、ね」
この国の歴史に、さほど明るい訳じゃあない。
だが、それでも自分が生まれた国だ。成り立ちくらいは知識としてある。
この国の地下にあるという大迷宮。その豊富に蓄えられた資源と遺物が目的で人が集まり、この国は他民族国家として成立した。
ミクストが出来る以前に、国があったという記述はない。
だとすれば、プレイはありもしない幻想の国を取り返すために躍っている道化だ。付き合わされているこちらとしては、いい迷惑だ。
「ま、女子供まで鏖殺しようって奴等が、まともな考えで動いている訳がないか」
虚構も信じれば、そいつの中では真実になる。
そう言う手合いの人間は、総じて話が通じない。
「その通り、だから我々は――プレイの根絶の役目を請け負った我が組織は、常に最悪を想定して動かなくてはならない。という訳で、キミにはもうひと頑張りしてもらうよ」
「また何処かに出たのか?」
「いいや。現れるかも知れない場所に行ってもらうんだ。先んじて、この都市の中央にね」
「ヘキサの中央って……まさか、学園か?」
この都市には代表的な教育機関が四つある。
三民族のそれぞれの区域に一つずつ。最後の一つは区域外にある。それは都市の中心であり、三民族が一堂に会して学ぶことが出来る唯一の場所だった。
「真央魔術学園は、中立と平等を謳った教育機関だ。その性質上、ほかの民族から表だって魔術師の援助を受けられない。ゆえに、同じく中立を謳う我々のところに依頼がきたという訳だ」
「……俺が選ばれたのは魔力無しで、魔術殺しだからか?」
「そうだね。たとえ、我々からの援助であっても、派遣されたのがどの民族の魔術師かで、色々と面倒事が起こる。中立を謳っているのにこの民族を贔屓しているってね。ありもしないことを、さも大問題であるかのように捏ち上げる輩が、世の中にはいるものさ」
「その点、俺なら角がそんなに立たない」
「依頼してきたのは、飽くまでも魔術学園だからね。魔術を斬れるだけで魔術師ではない、むしろ対極にいる魔術殺しなら、だれも技量の民を贔屓しているとは言えないだろう。難癖をつける者はいるだろうけれどね」
魔術学園に魔術師を派遣すると波風が立つ。
逆を言えば、魔術師でさえなければ波風が立たない。
それが魔術殺しなら、尚更。
「魔力無しの魔術師って言ってたのは、どこの誰だったっけ?」
「嫌なんだろう? そう呼ばれるのは」
「けっ……まぁいい、わかった。受けてやるよ、その依頼」
真央魔術学園と言えば、たしか幼馴染みが入学していたはずだ。
久しく顔も見ていないし、様子を見に行ってみるのも悪くない。
しかし、魔術殺しが魔術学園に、か。
笑える話だ。
「それはよかった。では、ボクから連絡をして置こう。よろしく頼むよ」
「あぁ、じゃあな。ボス」
そう言い残して、部屋を後にする。
それから数日の時を要して、無縁だと思っていた魔術学園に足を踏み入れた。
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