婚約破棄の裏側 ①
投稿できた…、よかった。
~王子の18の誕生パーティーから、遡ること2年。
シャルテ王国クオリスギーベ領の領主館の一室~
「ふっっざけんな!!!!!!!」
侯爵を領主とするこの館で、怒号が響いた。この館で、罵声などが響くことは珍しい。しかも、今回のような叫びのような物など特段に珍しい。
「先ほどの声はどこから?」
「上の階からでは?」
「上だと?上の階は、マリアベルお嬢様以外いないはずだ。」
「お嬢様付きの使用人たちでは?」
この珍事に屋敷がにわかに騒がしくなる。実際、先ほどの絶叫は、この館の主オートガリウス・フーベ・クオリスギーベ侯爵の三人の娘の長女、マリアベル・フベ・クオリスギーベのものである。
彼女は、お淑やかで有名な令嬢であり、今までこのような叫びをするようなことは、“なかった”。
なので使用人達は、いつも自分達に優しく微笑み、気さくに話してきてくれる、マリアベルの声であると信じれなかった。
しかし、彼らがマリアベルの部屋に到着し見たものは、マリアベル専属の侍女であるルーテに後ろから羽交い絞めにされ、その顔に眉間に深いしわを刻み今にも飛び出しそうなマリアベルであった。
その鬼のような形相でマリアベルが睨みつけているのは、黒い球体と謎の少年。
謎の少年は、珍しい黒目に黒色の髪で、その容貌はあまりに幼く見えた。恐らく、上に見たとしても十代前半ぐらいだろうか。その幼く小さな顔にある長いまつげの生えた大きな目は、驚きに染まりより大きく見開かれていた。
黒い球体には大きく赤い瞳があり、それはマリアベルをジト目で見ていた。この球体は、16年前にこのブリュンラッセルに現れた使徒の一人、いや一つの、『傲慢の使徒』である。
「君も知っているのだろう?この先の結末を。
それなのに、なぜ断るんだい?」
少年は、見開いた瞳を一度閉じ、一息ついてから、マリアベルに問いかけた。
「ルーテもういいわ。」
そう言ってマリアベルは、自らを止めようとしている侍女の手を軽く触れるように叩いた。
「ええ、知っておりますわ。リヒト様がご自身の誕生日に私ではなく、あの尻軽と過ごすと仰った時に思い出…っいえ、理解いたしました。」
今日は、あの誕生パーティーからちょうど2年前つまり、本日もリヒト・デジ・シャルテの誕生日である。しかし、学園に入学し半年がたった今、リヒトは彼の婚約者であるマリアベルとこの日を過ごすわけでもなく、メリアル・フベ・クドレンデシカ男爵令嬢と過ごすと、昨日連絡があった。
メリアル・フベ・クドレンデシカ男爵令嬢は、美人というよりも可愛いという言葉が似合い、男女問わず思わず守ってあげたいと思ってしまうような令嬢であった。その体は、出るところは出ていて、引っ込むところは引っ込むという、理想的なような体つきである。
また、肩まで届くブロンドの緩いウェーブのかかった髪は光を反射し、天使の輪があるようで、青く澄んだ瞳は上に広がる空を想起させ、その笑顔は陽だまりのようだ。
実際、雨が降っていても彼女の周りには、雨上がりのような澄み切った空気が流れているのではと、錯覚に落ちることが、幾度とあった。
夏の長期休暇のため実家の領主館に帰省していたマリアベルに届けられた手紙に書かれていた事実に、昨日マリアベルは、寝込んでしまった。
「じゃあ、いい話でしょ?この国捨てて、僕の配下になりなよ?今なら『賢者』の位につけるよ?」
「賢者…。」
「そう、賢者。僕の配下の『黒騎士』、『暗殺者』に命令権を持てるし、いろんな特典をあげちゃう。」
「前者は、今館にいる彼らがいるからいらないわ。後者は、」
「それは、君が侯爵令嬢だからでしょ?」
少年は、マリアベルの言葉を遮るようにして言った。
「…っ?!」
「君が侯爵令嬢でなくなったら、ここにいる使用人は君の命令を受ける必要がないからね。」
「わ、わたしはお嬢様が侯爵令嬢だからし、従っているわけではありません!」
マリアベル付きの侍女ルーテが、声を荒げる。しかし、その声は若干震えている。それもそうだろう。先程の、【賢者】【黒騎士】【暗殺者】とは、使徒達が与えるの配下の呼称なのだ。つまり、この少年は、使徒である可能性が高い。いや、実際使徒なのだろう。
「ルーテ…。」
「へぇ、良かったね、根性があるそうなのがいるみたいだ…。
まぁ、そんなことは、どうでもいいんだけれど。」
少年は、それを興味なさそうに眺めながら続ける。
「あの男は、人をその外見のみで判断するような奴だよ?あんな奴の側にいて君が幸せになれるとは思えないんだけど…。」
「あなたも、大概ですわ…。」
マリアベルは、苦笑しながら返す。それには、いささか弱々しい。
マリアベルは、別段醜い容姿をしているわけではない。ただ、平凡なのである。凹凸の少ない体に、市民に紛れれば、一瞬でも目を離せば分からなくなるぐらいに、ありふれた平均的な顔つきで、悪く言えば貴族に見えない。
リヒトが選んだメリアルには、圧倒的に容姿にアドバンテージがあると言える。
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