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短編?

救世主たちのいるところ

作者: 稲荷竜

「この中に一人だけ、世界を救ったことのないヤツがいる」



 発言者以外の全員――三人ともがいっせいにざわめいた。

 当たり前だ。


 ここは『救世主の座』と呼ばれる空間だった。

 僕の――異世界転生者の知識によれば、日本の高校の教室に酷似した場所である。


 ここに来る者の条件はただ一つ。

『どんなかたちであれ世界を救った者であること』。


 つまり、この場にいるからには誰しもが最低一つは世界を救っているのだ。

 それを『世界を救ったことのないヤツがいる』などと――


 ありえない。

 全員の視線が最初、『なにを言っているんだお前は』という感じに、教卓と黒板のあいだに立つそいつを見た。


 なんの変哲もない少年だ。

 黒髪に黒い目で、大きくも小さくもない体――特徴らしき特徴を探すのが難しい、無個性のカタマリみたいなその少年は、みんなから『クラス転移』と呼ばれている。


 なんでも彼はクラスごと異世界に転移した結果、クラスメイトと力を合わせて世界を救った者らしい。

 ただ異世界に招かれるというだけでも色々な形式があるものだと、僕は彼の境遇を聞いた時にずいぶんと感慨深く思ったものだ。


 無個性を個性とする彼が普段どんな人格だったのか、僕にもちょっと表現できない。

 ただ、突然冗談を言うようなタイプでなかったことは――そんな人の印象に残りそうなことをするヤツでなかったことだけは、僕も覚えている。


 実際、彼の目は真剣そのものだ。

 この『救世主の座』と呼ばれている空間に、本当に救世主以外がいるのだと、彼は心から信じている様子だった。



「待ちなさいよクラス転移。そう言うからには、なにか根拠があるんでしょうね?」



 指摘をしたのは、『TS』と呼ばれる少女だった。

 どの世界の誰に見せても『美人だ』と言われるような容姿を持つ、まだ十代半ばぐらいの女の子である。


 もっとも、この存在を『彼女』と言ってしまっていいものか、僕にはわからない。

 なにせ彼女は元男なのだ――転生後、なぜか異性の肉体を持って生まれたが、元の世界ではなんの特徴もないヒキニートのおっさんだったらしい。

 それがなんの因果か女性に生まれ変わり、今では細かい所作の一つとっても女性的な魅力にあふれているというのだから、おどろきだ。


 ともあれ――TSの指摘を受けて、クラス転移はうなずいた。

 そして真っ直ぐに、すぐ目の前のTSを見つめ返して――



「もちろん、ある」

「じゃあ、言ってみなさいよ」

「俺の仲間が――俺と同じ『クラス転移』をしたうち一人が、『仲間外れを見つける』っていうスキルで看破したんだ」

「『救世主の座』に一人だけ仲間外れがいる、って?」

「そうだ。あいつのスキルで看破されたんだから、間違いない。そして世界を救った者だけが集う空間での『仲間外れ』とは――世界を救ったことのないヤツだろ?」



 クラス転移は自信ありげに言う。

 彼の仲間が持っているというそのスキルが、いったいどのように活用され、どうやって世界を救う助けになったのか、僕にはちょっと想像できないが、世の中色々なスキルが存在するものだ。


 一方で、TSは全然納得していない。

 かたちのいい柳眉を逆立てて、見た者に思わず『踏んでください』と口走らせかねない蠱惑的な怒り顔をつくり――



「アンタんとこの仲間が言ったから、なんだっていうのよ。だいたい――そんなこと言われてもって感じなんだけど」

「俺の仲間のスキルに誤りはない」



 にらみあう。

 ちょっと、険悪な雰囲気だ――魅力全振りのTSは性格が少しキツくて、仲間とともに様々な困難を乗り越えたというクラス転移は仲間への侮辱を許さない。


 さて、まいった。

 ここで二人にケンカでもされると、この『救世主の座』自体が滅びかねなくって、それはもちろん僕の身の危険をも示しているのだが――


 幸いにも、こんな時に決まって口を開く者がいた。

 それは一見すればまだ十年も生きていないような、幼い女の子だった。



「これこれ、ケンカはいけないよ」



 舌足らずな声で、お年寄りみたいなことを言う。

 それもそのはず。彼女は天寿をまっとうしたあと、異世界に転生した老婆なのだ。

 みんなから『おばあちゃん』と呼ばれるその小さな女の子は、椅子の上に座布団を敷いて正座しながら、のんびりした口調で語る。



「いいじゃあないか、別に。世界なんか、救っていようが、いまいが、大した違いはないさ。わたしたちは、そんな程度のことで、ひとさまへの扱いを変えるほど心は狭くない――TSちゃんはきっと、そういうことを、言いたかったんじゃあないかな?」



 おばあちゃんはTSに微笑みかける。

 TSは「……まあそうとも言えるわね」と黙った。


 次に、おばあちゃんはクラス転移に目を向ける。

 クラス転移はなぜか姿勢を正し――



「いや、俺も……別に扱いを変えるつもりがあったとかじゃ、ないんですけど」

「うんうん。言われたから、気になっただけなんだよねえ? 仕方ない、仕方ない」

「……はい」

「一度気になったものを、気にするなっていうのも、酷な話だ。そこで、どうだい? 別に世界を救ったとか、救ってないとか、みんな、そんなものを気にしないなら――今がいい機会だ。名乗り出てみるっていうのは」



 全員が、おばあちゃんを見た。

 おばあちゃんは幼い顔に人生経験を感じさせる深い笑みを浮かべ、続ける。



「正直に名乗り出る者があれば、クラス転移ちゃんのお仲間の言っていた『仲間外れ』がわかる。わかればクラス転移ちゃんも気持ちよく納得できるし――わかったところで、わたしたちは別に、仲間から外さない。そうだろう?」



 反論を述べる者はいない。

 クラス転移もTSも、そしてもう一人も、沈黙したままだ。


 おばあちゃんは、順番に全員の顔を見回した。

 この場にいる四人――おばあちゃんを除く、三人。


 教卓と黒板のあいだに立つクラス転移は、うなずく。

 座席の並ぶ真ん中の列、一番前に座っているTSも、髪をかき上げ、うなずく。


 そして、最後の一人――

『救世主の座』と呼ばれる、僕の知識によれば高校の教室に酷似した空間――


 その一番後ろ。

 通常であれば掃除用具などの入ったロッカーに背中をあずけ、立っている『彼』は――



「なんでもいい。任せる」



 どうでもよさそうに、言った。

 どこか冷淡な顔立ちをした、金髪の男性だ。


 彼はあんまり自分の意見を言うタイプではなかった。

 コミュニケーションが好きではないという、彼は――



「『ソロプレイヤー』はあいかわらずか」



 クラス転移が言う。

 そうだ、彼はソロプレイヤーと呼ばれる人物で――ゲームをしていたら異世界に召喚され、ゲームのアバターの強さと装備をもって世界を救った人物だった。


 ソロプレイヤーは鼻を鳴らす。

 そして、冷淡に言った。



「ああ、好きに会話してくれ。私はどうにも人と話すより、人の話を後ろで聞いている方が好みでね。なにか意見が必要なら言うが、それ以外は静観するよ。レベルを極めステータスを極めスキルを極めた私がもっとも不得意とするのは、チャットだからな」



 軽く手を振る。

 ともあれ『仲間外れ』探しに異論はないらしい――


 しかし、困った。

 ここは『救世主の座』だ。

 世界を救っていない者などいるはずがない。


 はずがないというか――いない。

 それは、僕がとっくに確認――


 ――ああ、なるほど。

 僕は事実に気付き、発言を開始する。



『みなさん』



 カカカッ、という音とともに、僕の発言が目に見えるかたちになった。

 全員が『救世主の座』の一番前――黒板を見る。

 そこには、僕の声が、チョークにより、文字として書かれていた。



『救世主のみなさん、おそらく仲間外れは、僕なのではないかと思われます』



 全員が「ああ」と納得したような顔をする。

 そしてクラス転移が口を開いた。



「たしかに、そうだった。どうにも忘れてしまうよ。なにせあなたは、無口だし、自己主張しないし、なにより――黒板なんだから」



 黒板。

 その表現は間違いではないが、間違いでもある。


 僕が転生したのは黒板ではなく、この空間そのものだ。

 ただ、意思疎通の際に黒板を介するので、救世主のみなさんからは、『黒板さん』と呼ばれている。



『この空間のルールは絶対です。救世主しか入ることができません。ただ一人例外があるとすればそれは――この空間自体に転生した僕以外にない。よって、仲間外れは僕と、そういうことになりそうです』

「いや、悪かったよ。少し考えればわかることだったのに」



 クラス転移が恥ずかしそうに言う。

 僕は首を振りたかったが、首はないので、代わりに黒板に文字を書く。



『たまにはそういう趣向も、面白いのではないでしょうか。なにせみなさんは、もうやることのない身なのですから。そういうわけで――引き続き、世界を救った者同士、ご歓談ください。この空間はあなた方のためにあり、僕もあなた方の雑談を楽しみにしております』



 全員がどこか安堵した顔になって、僕から視線を逸らした。

 これでいい。


 これこそが、僕の望んだ、新しい自分のあり方だ。

 世界を救う英雄より、チヤホヤされるハーレムの主より、無双を続ける無敵の戦士より――


 そういった者を、見ていたい。

 ヒーローになるよりもヒーローの視聴者でありたいという願いが反映された、僕の、終わることのない第二の人生なのだった。

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