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第一章 -4

 そういうわけで多分一七年ぶりにこの地区へと救急車が訪れて、未だ冷気を湛える女の子が搬送された。僕と静歌は同乗していって、行った先で警察の聴取を受け、その後に現場検証。媛倉市警の調査委託先は静歌の属する「ポストプロテス」だったので静歌も検証に立ち会い、その間、僕は詳しい経緯を調査員の人に事情を話した。

 一日の終わり、僕は静歌と得られた情報を整理していった。

 まず、この家の地下室は、僕の両親が購入する前の持ち主がこっそりと設けた部屋であると、そこに散らばっていた資料から判明した。その人物は冷凍睡眠の研究をしていて、その技術が完成した暁には自らを冷凍し、遥かな未来に飛び立つことを想定していたらしい。

「その前に、何らかの理由でこの家を手放す必要が生じたみたい。理由は不明。もっと良い研究環境に招聘でもされたのかも知れないね。で、それが折しも、冷凍睡眠技術に関するブレイクスルー、ヒトに適応可能な不凍タンパク質の開発成功があった二〇一七年のことだったって。まあ……偶然じゃないんでしょうね」

 静歌のあっさりと言った。科学者たちの知られざる動向には、大して興味がないらしい。

「真輝さん達が、この部屋のことを知ってたのか知らなかったのかわからないけど……とにかく地下室があって、その夢の残骸である冷凍庫にあの女の子がどういうわけか入り込んだ。で、どういうわけか今日まで生き延びたってことね」

「肝心なところが全然わからないけど……」

「まあ、冷凍睡眠についてはある程度の説明はつく。まず、あの子の十七年間のタイムスリップを支えたのは、屋上に設置されてたソーラーパネル。当時の調査員もパネルが生きていたとは気づかなかったとのこと……まあ、ン万世帯ある家のうちの一つだから仕方ないといえば仕方ないかな」

 そう言いつつもどこか不満気ではある。まるで、自分が調査に参加していたら発見できていたのに、とでも言いたげな。

「それから、冷凍睡眠の核となる不凍タンパク質。不凍タンパク質っていうのは、本当に身体が凍りつくと水分が膨張して細胞が破壊されるから、それを防ぐために人体に注入される凍らない物質ね……もともと、氷点下の海に住む海洋生物達の持つものだったけど、ヒト用のものが完成したのが二〇一七年……ってことになってるけど、あの地下室ではその二年前にはもう試作品が作られていた。当然、事件の日にもあの地下室にあったでしょうね」

「つまり、あの子が自分でそれを注入したってこと?」

「さぁ、何かの拍子に浴びたってだけかも。結果としてあの子は冷凍睡眠状態に入り、一七年間生き延びた。後のことはわからない……直接本人に訊かなきゃ」

 静歌は資料の中から、一枚の紙ぺらを選んでを手元に手繰り寄せる。幸運なことに、あの女の子はパジャマのポケットに財布と生徒手帳だけ入れて持っており、静歌はポストプロテス社員の権限で、その生徒手帳のコピーを手に入れていたのだ。

 名前は、日鞍衣桜(ひくらいお)。女。この手帳の有効期限を見るに、冷凍庫に入った時点で高校二年生。媛倉市在住。演劇部所属で、稽古に関する内容がフリースペースにみっちりと書かれていることから、多分努力家。

 その几帳面な記述は八月一日を境にすっぱりと途切れ、その先には父さんの手記と同じく、文字ならざる文字が連ねられていた。

 つまるところ──

「あの子が冷凍庫に入ったのは事件の真っ最中……?」

「……訊くべきことはたくさんありそうね」

 僕の呟きに、静歌は頬杖をついて天井を見上げる。彼女が目を覚ましたら、病院の方から静歌へ連絡が来るようになっているが、それまでは気長に待つしかない。

 落ち着かない様子の静歌に、僕は訊ねる。

「一応、有休で羽休めに来てるんだよね……?」

「もちろん。お陰さまで有意義な休暇になりそう」

 答える静歌は、完全にバリバリ働く調査員の目をしていた。静歌にしてみれば、何気なく買ったビンゴカードが期待値大のリーチ状態なのだから、当然と言えば当然かも知れない。

 だけど一体、あの子は何を話すのだろうか。僕は、そう簡単に事が運ぶとは思わないけども。

 媛倉市滞在一日目。始まりにふさわしい、ふわさわしいにも程がある事件とともに、一週間が始まった。


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