第一章 -2
「次は、遼喜の両親のこと」
そう言って、静歌はまた別のファイルを取り出した。僕が固唾を呑むと、静歌は目ざとく僕の緊張を見ぬいて、
「あれ、このこと聞くの初めてじゃないよね」
「うん……二年前に母さんに言われてから、事あるごとに聞いてきたから」
「二年前って、受験の頃でしょ? 叔母さんも鬼だよねえ。でも、なんで今になってわざわざ媛倉まで乗り込んで、両親のことを調べようと思ったわけ?」
静歌の質問に、すぐ答えが見つからず僕は一瞬、目を泳がせる。
「まぁそうだなあ、今までその事実を受け止められてなかったっていうのが大きいかな。僕の中では母さんが唯一無二の家族だったけど、実は偽物の家族で、本当の家族が他にいたはずで、でもそんな実感も全くなくて……、っていう感じで動揺してたんだと思う」
「なるほどね」
「後は……母さんが行って来てもいい、って言うからさ」
「後押しされたってわけ」
「うん」
実際に、この家を一週間だけ使えるように取り計らってくれたのは母さんだ。どういうコネを使ったのか知らないが、突然鍵を渡されて「あんたの両親の鍵だよ」と言われた時は本当にびっくりしたが──お陰で決心がついた。
「媛倉を訪れて、何がしかの両親に関する事実を確かめる。それで僕の中で何か腑に落ちれば、これから僕がこの先どうすればいいのか……分かる気がする」
「随分と抽象的に聞こえるけど」
「要するに、自分探しだよ。それくらい……僕はショックだったんだ、あの告白は」
「そっか」
静歌は短く呟くと、それ以上突っ込んでこなかった。ファイルのページをめくり、名前を読み上げる。
「広垣真輝、故三〇歳。広垣陽代、故二九歳」
それぞれ、僕の本当の父さんと母さんだ。添付されているマイナンバーカードのコピーには二人の顔写真がついていて、静歌は僕の顔とじろじろと見比べる。
「お母さん似な気がする」
「母さんにも同じこと言われた」
どちらも母さんなので、ややこしい。
静歌はふふ、と小さく笑ってからファイルに目を落とし、
「生前、真輝さんは雑誌記者、陽代さんは受付嬢をしていたそう。二人共、媛倉市出身。うぅんと……こう言っては何だけど、一般的な新婚夫婦って感じね」
父さんと母さんが事件に巻き込まれたのは結婚二年目のことで、母さんはちょうど臨月だった。
「自衛隊員が、衰弱した赤ちゃんを抱く男性の遺体を発見して、すぐに保護。死後硬直はそれほど進行していなかったのにも関わらず、男性の腕から赤ちゃんを取り上げるのに手間取った、という報告がある。病院で検査が行われて、赤ちゃんはその男性の子であることが判明。知ってると思うけど、その赤ちゃんっていうのが遼喜のことで、男性は真輝さん」
僕は頷く。まるで映画のワンシーンみたいな記録だ。
静歌は一息ついてから、続ける。
「事件の収束後、赤ちゃんの引き取り手を探したけれど、広垣の親戚は全員色々な理由をつけて断った。それはそうね、原因のわからない惨事のあった、その時その場所で生まれた子を引き取りたいとは誰も思わない……、もしかしたら、その子が新たな災厄を招くかも知れないから」
「それで、どういうわけか、母さんの元へと僕は送られた」
「叔母さんは経緯を覚えてないって言うけど……本当かな?」
静歌は口元に指をあて、思いついたように言った。僕は首をひねる。
「どういうこと?」
「いや……叔母さん、不妊症で授かるはずのない子を授かったわけなんでしょ? それなのに、その時の経緯を忘れることなんてあるのかなあって、私は思うの」
「……確かに」
あの母さんのことだから、しれっとした顔で誤魔化すこともありうる。けど、それについて答えが出ても、僕の両親についてわかるわけでもない。
「まあ、あんまり考えてもしょうがないよ。他には何かあったっけ?」
僕は先を促す。静歌はううんと声を出し、
「今手元にある資料といえば就活中のES程度で、これ以上のことは──あ、そうだそうだ、一番大事なものを……」
ポン、と手を叩くと、荷物の中をごそごそと漁る。出てきたのはA4サイズの茶封筒だった。静歌は留め具を外して中身を出すと、僕に見えるようにテーブルに置いた。
「これは……手帳?」
「中身を見てみて」
僕は言われるがままに、革製の表紙を捲る。その手触りからして、随分と昔のもののようだけど──
「……これは」
中表紙に書かれた文字を見て、僕は息を呑む。
『Masaki Hirogaki Vol.9』
「それは真輝さんの手記。遺体の付近から発見された鞄の中から見つかったもので、今までは証拠品としてうちの会社に保管されてたものね」
僕は呆然と手帳を見つめる。まさかここで、こんなに直接的な資料が出てくるとは思いもよらなかった。
「……こんなのがあるなんて、聞いてなかったよ」
「私だって知らなかった。たまたま出発前に、社内のデータベースに真輝さんの名前を入れてみたらヒットして、慌てて持ち出しの許可をもらってきたの」
「ってことは、これが原本? 持ってきて大丈夫なの?」
「うん。手記は記録メディアだから、内容が社内のサーバーにコピーされていれば平気。当然、許可は必要だけど。で、一巻から八巻も当然回収されて保管してあるんだけど、今回持ってきたのははその第九巻だけ。何でかわかる?」
「……最後の巻ってことは、父さんが死んだ事件のことまで触れてある──つまり、僕についても触れてあるから」
その通り、と静歌は頷く。
「真輝さんと遼輝が交錯するのは、媛倉事件におけるたった一瞬のこと。そこに言及しているのが、その第九巻のハズなんだけど……その手記にはありえない欠陥があってさ」
「欠陥?」
「うん……まぁ、ざっと読んでみてもらえれば分かるよ」
静歌に促され、僕は手記の次のページを開く。経年劣化して黄色くなったページに、細長い父さんの文字が書き連ねられていた。
七月十日
出産予定が刻々と近づいてきている。編集長に、どんな特ダネが目の前にあっても、子ども生まれたらそっち優先しますんで、と言ったら、バカヤロウ、ガキより特ダネだ、と笑いながら言われた。
名前の話をする。これ以上のものを思いつかなければ、「遼喜」という名前をつける。「キ」と終わるのは、俺の名前と合わせたわけではなく、偶然だ。
七月十一日
出産予定日が花火大会と被る可能性が出てきて、打ち上げ花火が大好きな陽代は残念がっていた。どんなに身体が辛くても、見に行く覚悟だったらしい。そこまで好きだったとは知らなんだ。代わりに、庭で手持ち花火でもしようという話になった。
七月十九日
大学時代の友人と、久々に会って飲んだ。
最近の俺のメイントピックスは子どもの話だから、いつものクセでしてしまったのだが、あいつが息子を亡くしているのを忘れていて、少し気まずくなってしまった。(お詫びになるかわからないが、会計は少しだけ多く払っておいた)
酔っ払ったあいつはやけに自分の仕事についてよくしゃべっていたような気がする。研究職だから、あんまり情報を外部(しかも俺にみたいな職業のヤツ)に漏らすなんて、バレたら大変なことになるだろうに、なんだかヤケになっているようだった。それほど溜まっているものがあるのだろうか。家族を亡くしたショックから、まだ立ち直りきれてないのかも知れない。
七月二十二日
すごい微妙な季節に鼻炎がひどくなってきた。取材の合間に耳鼻科に行って、色々と薬をもらう。
アレルギー性鼻炎のはずなのに、何故抗生物質まで処方されるのか謎だったが、どうも俺の場合は蓄膿症を併発していて、そっちの改善のために処方されるらしい。なんでも訊いてみるものだ。
陽代も産婦人科で薬をもらって飲んでいるらしい。念のため、とのこと。
七月三一日
今週はやけに忙しかった。目まぐるしすぎて、あんまり何をしていたのか覚えていない。
代わりに陽代はヒマだったらしく、映画を見るに飽きたらず、俺の今までの手記を全部読んだらしい。余裕がない時は筆圧が薄くて、余裕がある時は筆圧が濃くなる傾向がありますね、と医者っぽい口調で言われた。確かにそうかも知れない。
それからお互い初対面時の印象の酷さについて笑いあった。あの時は、こんな性悪の女がいるもんかと本気で慄いていたが、まさかそいつと結婚することになるとは。
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