プロローグ
某新人賞1次落ち作品。七回連続です。
過去に起きた大パンデミックの謎を探りつつ、女の子を救済する話です。
感想等頂けると助かります。
僕、中浦遼喜の場合、母さんが家族の全てだった。1LDKのその家が、僕の帰るべき唯一の場所だった。
昔、幼稚園児の僕が熱を出して寝込んだ時、母さんは僕を一人置いてけぼりにして仕事へ行った。今のこの国に、そんな母親がいるかと訝られるかも知れないが、母さんはさっぱりしたものだった。
「それで死ぬような子どもなら、あたしと暮らしていくのはムリだからね……」
そう言われて一人家に残された僕は、とにかくそれは嫌だと思って、とりあえず生き延びた。生まれて初めて電子レンジを使って、おかゆを温めて食べたのもその時だった。その晩、帰ってきて僕の生きてることを確認した母さんは、僕の頭をポンと一叩きした。
たった一回だけだが、それだけで僕が安堵を覚えるのには十分すぎた。父さんもきょうだいもいない家庭だけれども、それでも確かに僕と母さんは家族なんだ、という安心感、誇りと共に、僕は小学生時代を過ごした。
で、二年前。中学生最後のある夏の晩、母さんは夕飯を終えた食卓に、僕を残らせた。
「あんたには知るべきことがある。進路を決める前にね」
僕は無言で母さんを見続けた。母さんの顔には、いつもどこかしらに笑みが浮かんでいる。その綻びの向こう側を、僕は未だに見通せたことがない。
やがて母さんは、無防備な僕に向けて言った。
「あたしはあんたの産みの親じゃない」
「……」
ベタな台詞だが、実際に言われる身になってみると、反応を忘れるほどの衝撃を味わうことができる。僕は応えることができず、固まった。
「生まれつきの不妊でね、子どもが産めないんだ。ただまあ、この通り育てることはできた」
滔々と語りながら、母さんはタバコの箱を取り出す。母さんがうちの中でタバコを吸ったのは、あの時が初めてだったと思う。
「……あんたとあたしは、もともと何の縁のない他人同士だったんだけどさ、ある日、たまたま偶然、赤ん坊のあんたがあたしのとこに回ってきた。その時の経緯はあんま覚えてないけど、まあ、お陰さまであんたとあたしは仲良く家族をやってるってわけ」
「……」
母さんはふふっ、と口の端から煙を漏らして、笑う。僕は笑えない。
「……で、ここまではただの『よくある話』さ。実はあたしの稼ぎなんて大したもんじゃないんだけど、あたしらがそこそこの暮らしをしてこれたのはね、補助金を貰えていたからさ。何でだと思う?」
「……」
「あんたの両親はね、あの歴史の教科書にも載ってる事件で死んだんだよ。で、あんたはその事件の真っ只中に生まれた、たった一人の赤ん坊だった」
僕は息を止める。母さんは息を吐いた。
「媛倉事件。あの事件が、この家庭を生んだのさ」
僕の小さいながらも満ち足りた生活はそこで終わりを迎えた。