第二話 すべてのはじまり②
「金無いなら、貸そうか?」
百円を手に呟いたその男子生徒の視線は、確かに私の方を向いていた。
先ほど通り過ぎたときは気が付かなかったが、その男子生徒の顔が意外に整っていて。
……いや、それだけじゃないかもしれない。
これまでに感じたことのない、ときめきが私を襲った。
「えっ!? あ、だ、大丈夫です……!」
バタバタと慌ててふためく私を見て、彼はふっと軽く、笑いを零す。
「そんな遠慮しないでよ。別に百円くらいどうってことないし」
「いや、そんな悪いです……」
両手を顔の前にかかげ、断り続ける私。
その姿に腹が立ったのか、その男子生徒は強引に自販機へ百円を入れた。
「リンゴジュースでよかったっけ」
「え? あ、はい……」
つい口から肯定の言葉が出たが、決して買ってほしいという訳ではない。
言ってしまった言葉に後悔しつつ、彼の背中へ手を伸ばした。
「いやっ、ほんとに大丈夫ですって……!」
そんな私の言葉もむなしく、自販機は無機質な音を立て、リンゴジュースを排出した。
「ほら」
その声と共に、ひょいと私の腕の中に飛んでくるジュース。
握りしめた容器越しに、ひんやりと心地よい冷気が伝わった。
「あ、ありがとうございます……。でも」
なんだか彼の瞳を直視できなくって。
そう呟いて彼にリンゴジュースを差し出すも、それは彼によって阻まれる。
「俺、リンゴジュース苦手だから。飲んでよ」
「でも、見ず知らずの人から受け取るわけには……」
そう私が呟くと、彼は呆れたようにため息をついた。
「二年B組の岩崎です。
これでもう、見ず知らずじゃないでしょ?」
ほらあんたも、という彼の視線に急かされて、私も口を開いた。
「に、二年A組の鈴岡です」
「え、二年だったの? 背小さいから一年だと思ってた」
タメじゃん、と笑う岩崎君。
ついついときめきそうになって、私も負けじと口を開く。
「な、なにそれ! っていうか、岩崎君こそ大きいから三年かと思ってた」
少々どもりつつ紡いだ言葉は、しっかりと彼に伝わっていて。
その声を聞くと、彼はけらりと笑ってから、自販機の横のベンチへ腰を下ろした。
「座りなよ」
そう声をかけられて、そわそわしながら彼の隣へ腰を下ろす。
さっきよりも間近で見る彼の横顔。
こくりとペットボトルのお茶を飲みこんだ彼の、色素の薄い髪がふわりと揺れた。
「…えっと、岩崎君は何の部活やってるんですか?」
居心地の悪い静寂を破ったのは、意外にも私の声で。
ちょっとびっくりしたように振り向いた彼は、すぐに笑顔で私に答えた。
「俺はバスケやってる。鈴崎さんは?」
「えっと、私は文芸部。特に活動なんてないんだけどね」
そんな他愛もない話を彼としているうちに、
自販機の方に近づいてくる足音が聞こえた。
「楓ー? 遅いよー!」
楓、というのは私の下の名前で、
それを呼んでいるのは、私の中学からの友人、祥子ちゃん。
「ごめんね、祥子ちゃん! それじゃあまたね、岩崎君」
私が慌てて彼に別れを告げると、彼はばいばい、と呟いて手を振った。
それに振り返すと、にこりと彼は微笑んだ。
友達と机を囲んで食べる、楽しい昼食。
その最中、彼の笑顔が頭から離れることは、一度たりともなかった。