第九十八睡 うるさいわね、愛すわよ!!
数日前、タラ子に導かれてやってきたレシミラ王国。俺たちは今、名残惜しくもそこを離れ、魔王討伐に向けて本格的に動き出したのであった。
「さてと……そろそろ休むか」
そして本格的に休み出したのであった。
「はあ!? アンタ、なに言うてんねん! まだ歩き始めたばっかりやろ!」
新たに仲間に加わったツッコミ役のポラポラ。相変わらずいいツッコミだ。
「賛成です。ここら辺は道のりが険しすぎて王女的にはキツいですぅぅああああ……」
タラ子もその場にペタンと座り、アクビを一つ。
「いやいやいや、おかしいやろ!! 後ろ見てみろや! まだレシミラ王国の皆さんが見えとるやん! メッチャ心配そうな顔で見てきてんねんけど!」
ポラポラは俺たち二人を立ち上がらせようとグイグイ引っ張っている。
「だってさ……やっぱこう、なんつうか、例えるなら……ああ、もう例えんのも面倒くせぇ」
「要はアレですよ。もう王城という名の温室での生活に慣れ切ってしまったので、ここから先、自分の力だけで生活していかなきゃなんないんだなぁ、と思うと……ダルすぎて死にたい」
「アンタらなぁ……ちゃんと軍資金もたっぷり貰たんやろ? だいたい、出発前まではダルいとか言ってへんかったやんけ!!」
「いざその時になったらダルいもんなんだよ。もういっそのこと、出発を明日に延期しねぇか? 今日はたっぷり寝てさ」
我ながらナイスアイディア。タラ子も「名案だ」と言わんばかりに指をパチンと鳴らした。
「何やってんだ、早く行けよ!! 俺たちだって眠い中でわざわざ見送りに来てやってんだろうが!!」
「やる気ねぇなら最初から魔王討伐とか大それたこと抜かしてんじゃねぇ! ぶっ殺すぞ!!」
「ほら見てみい! 国民の皆様からの非難の嵐が……いたっ」
ポラポラの頭に汚れた苔の塊のようなものがボフンと激突した。
「おいコラアアアッ! 誰や今ゴミ投げくさりよった奴はぁ!! ウチはさっきから必死こいてこのグータラども引っ張ってこうとしとんのに何やねんこの仕打ちは!! どこの世界にこないな悲しくなる旅立ちがあんねん!? 百歩譲って投げるとしても、ウチやなくてこの怠け者コンビに……」
「なに休んでんだよ、ポラポラぁ? まだ冒険は始まったばかりだぞぉ?」
「はあ……これだから身分の高いお嬢ちゃまは困ります。ちょっと歩いただけでワーキャーと騒いで……天使的には有り得ないですね、ガチで」
俺とタラ子はポラポラがギリギリ見えるくらいまで先に進み、遠くから彼女に声をかけた。
「おどれらぁぁぁぁ!!!」
剣を引き抜き鬼のような形相で追い掛けてきたポラポラ。恐れおののいた俺たちはゴキブリのようにカサカサカサカサとそれから逃げる。
しばらく走ると、前方に何やら二つの大きなシルエットが現れた。どこかで見覚えがあるような、ってあれは……。
「おーほっほっほ!! 元気にしていたかしら、ポンコツ勇者と生意気女! このアタクシが、約束通りアンタたちに数日前の依頼を聞いてもらうため、わざわざ出向いてあげたわよ!! 感謝することね! おーほっほっほっほ!!」
「タラ子、前方にデッカい犬のフンが落ちてるぞ、気を付けろ」
「あら、本当です。排泄物の分際でドレスを着こなすなんて、なかなかに小洒落た糞ですね。踏まないように気を付けて通りましょう」
「ちょ……ちょ……ちょおおおっと待ちなさいよアンタたちぃっ!!!」
横を通り過ぎようとした瞬間、目の前に世にも恐ろしい顔が現れ、心臓が止まりそうになった俺は、火がつきそうな急ブレーキをかけて止まった。
「何してるんですか勇者さん、早くしないとポラポラさんが……」
「うわあああ!! な、なんやその恐ろしい顔はぁっ!!?」
俺たちに追い付いたポラポラは、あまりの衝撃的な物体に、怒りもすっ飛び腰を抜かして尻餅をついた。
「ちょっと! まだ登場して失礼な目にしか遭っていないんだけど!! いい加減にしなさいよアンタたち! アタクシを誰だと心得ているのよ!?」
「ポラポラ、初めて見るにはちと刺激が強すぎたな。この人たちはレシミラ王国の隣国、ハルス王国に住んでいる、ブス=ヴィクトリア姫と、その執事であるルシュアさんだ」
「フ・ス!! アンタね、アタクシみたいなビューティフォーフェイスをブスだなんて、罰当たりもいいところよ!」
ナルシストな所も相変わらずのようで。
「だーめだって姫様。初対面の人は姫様のあまりの美しさにビックリしておっ死んじまう恐れがあっから、こうして顔を隠しておかねぇと危険だって、口酸っぱくして言ったべ?」
「ふっ……まあ当然ね! 凡人がアタクシのパーフェクトな顔を直で見たら、卒倒することは明白だもの!」
やっぱ流石だな、ルシュアさん。ブス姫を全く傷つけずに顔を例の棒で隠した。
「んで、依頼って何でしたかね、ブス姫? 整形でしたっけ?」
「違うわよ! ハルス王国が荒れに荒れてるから何とかしろって言ってんの!!」
早くもお疲れのご様子のブス姫。顔が隠れてるから分かんないけど。
「あたしたち、急いでるんですが。世界滅ばないために、とっとと魔王倒さなくちゃいけないんで」
「しっ、知らないわよ! いいから早くなんとかしなさいよぉっ!!」
子どもか。と突っ込んだのはいいものの、この容姿で地面に寝転がってバタバタ地団駄を踏む姿は駄々をこねるキッズというより、毒を飲まされて苦しんでいる魔物にしか見えない。可愛いげがないんだもの。
「んなこと言うたかて、国一つを鎮めるやなんて、具体的に何をしたらええんや、お姫さん?」
「そこなのよね……アタクシの美貌を以て抑制を図ったのだけれど無理だったわ。となると解決はかなり困難になってくるわね」
「抑制かと思った? ねえねえ、思った? 残念、促進でおまんがな」
「うっさいわねクソ王女! 引っ込んでなさいよ!!」
「百聞は一見に如かず。とりあえず、ハルス王国まで案内するべさ。姫様、一回やるっつったら聞かねぇ人なんだ。迷惑かもしんねぇけんど、堪忍な」
ルシュアさんも部外者の俺たちを連れていくのは気が引けるようだが、あくまで立場上、従わなくちゃいけない。何だかんだで一番可哀想な人だな。
「さりとて面倒くせぇな、第一に、こんなブス姫の頼みを聞くなんて癪だし」
「うるさいわね、愛すわよ!!」
「さあ、張り切ってハルス王国に行こうではないか、タラ子ちゃん、ポラポラちゃん」
文字通りのキラーフレーズに戦慄した俺は、腕をブンブンと振りながらルシュアさんにピッチリとついていくのであった。なんて恐ろしい脅し文句。




