第九十七睡 二人の転校生・其の弐
「ヤヨさん、お二人をどうにか出来ませんか? ほら、テスティニアさんって人に頼んで……」
ダメ元でした。でも、頼まずにはいられませんでした。
「残念ッスけど、それは厳しいッス。生き返る権利ってのは、誰にでも与えられているものじゃないんス。あくまでテスティニア様に選ばれた特別な人だけなんスよ」
「でも……」
「もういいんだ、十諸」
力が入ったわたしの肩の上に、鈴木さんの無骨な手が乗せられました。
「生き返るだの、あの化け物のことだの、俺にはサッパリだがな。おめえが、自分が二人を殺したんだっていう思いから、なんとか責任を取ろうとしてんだってのは分かる。でもな十諸、俺はおめえが悪いだなんて、これっぽっちも思っちゃいねぇよ」
「き……気休め言わないでください! だって、わたしが三人を巻き込んだせいで……」
鈴木さんの口から、再び灰色の煙が吐き出されました。
「相手は学校全体を狂わしちまうような化け物だ。あのまま体育倉庫にいたら、俺たちは間違いなく全滅してただろうよ。でも今、俺はこうしてピンピンしてる。おめえのおかげだ」
「鈴木さん……」
「何であれ、おめえは一人の人間の命を救ったんだよ。こういうこと言うのは照れ臭いんだが……あんがとな、十諸」
「マッ、オレサマハ二人ノ人間ノ命ヲ救ッタワケダガ。感謝シロヨ、テメエラ!」
台無し。涙が引っ込んだ。ピッタくん、それはあまりにも無粋ってもんですよ。
「にしても、アナタは一体、何者なんスか? その人形だけでメダイオを倒してしまうなんて、メチャ強じゃないッスか!」
「人形ジャネェ! オレサマノ名ハ、ピッタ! コッチノ無表情の女ハ、オレサマノ相棒ノ人形頭 冬里! 冬里ハオレサマヲ装着スルコトデ最強ノ力ヲ……」
「ようはメリケンサック型の人形で腹話術してるだけってことッスね……いてっ!!」
人形頭さんがピッタくんを付けていない左手でヤヨさんの頭を思い切りはたきました。表情からは読み取れませんが、ヤヨさんの発言が気に障ったそうです。図星だから……かな?
「右手ジャナカッタダケ有リ難ク思エヨ、ハゲ! オレサマハ立派ナ生命体ダ! テメエコソ何者ナンダヨ!? 変な格好しやがって!」
「オ、オレはヤヨというッス。モノホンの天使ッス。ハゲじゃないッス」
「ちょっと、ヤヨさん!?」
モノホンの天使、と包み隠さず自己紹介したヤヨさん。心配になったわたしは声を出しました。
「だーいじょうぶッスよ、杏菜さん! ただの人間じゃない向こうがキチンと素性を明かしてくれたのに、オレがコソコソするなんて、不公平かつなおさら不自然じゃないッスか! ほら、ルイネも!」
「あ、はい……ルイネ=ティララというです。同じく天使……です」
ヤヨさんの後ろに隠れていたルイネさんが、背骨からボキッと音が鳴りそうな勢いで人形頭さんに頭をさげました。
「ヤヨ、ルイネ、天使……ナルホド、テメエラガ今マデ、十諸ノオ守リヲシテタワケカ!」
「お守りというか、武器のレンタルというか……まあとりあえず、学校にこんな強い人がいれば杏菜さんも安心ッスね! オレが行けないのは残念ッスけど……」
まぁだそんなこと考えてたんですか、ヤヨさん……。
「ア? テメエ、学校ニ来テェノカ?」
「まあ、そうしたいのは山々なんスけど……でも、行く口実がなくなったッス! 人形頭さん、杏菜さんのこと、宜しくッス!」
「嫌ダネ! オレサマハ冬里ト二人デ行動スルンダ! 今回ハ偶然、学校全体ノ危機ダッタカラ助ケテヤッタガ、オレサマハ、コンナ奴ノオ守リナンテ、マッピラゴメンダヨ!」
まさかの却下。ピッタくん、もとい人形頭さんは、わたしを護る正義のヒーローにはなりたくないそうです。
と、いうことは……。
「あ、ああ……そうなんスかぁ? じゃあ……困ったッスねぇ? また杏菜さんが危険な目に遭った時、誰が助けたらいいんスかねぇぇ? 人形頭さんが無理だとすると、うううん……」
露骨。考えているのは台詞上でだけ。分かりきった答えをわたしに言わそうと、ヤヨさんは輝かしい目から放たれるキラキラ期待光線を、わたしに送るのでした。
●
翌朝。
「黙祷―――」
体育館に学校関係者の全員が集められ、西さんと権野山さんへの追悼がしめやかに行われました。
どういうわけかお二人の死因は体育器具の落下による事故死ということで処理されていました。
加えて、洗脳された人間―――わたしと人形頭さん、鈴木さん以外の全員は、その出来事だけがすっぽり頭から抜け、「気が付いたらグラウンドにいた」と語っています。
中原先生の名は、あたかも最初からそこにいなかったかのように、完全に学校から、皆さんの記憶から、抹消されていました。
話を聞いた限り、ヤヨさんがテスティニアさんに頼み込んだ結果、紆余曲折あって一番いい形に収めてもらったらしいのですが……一体テスティニアさんは何をしたのでしょうか?
化け物によって校舎に空いた穴は、ルイネさんによって綺麗サッパリ塞がれました。彼女の治癒能力には、感服の一言です。
とうのわたしは、鈴木さんの言葉で幾分か気が楽になったとはいえ、当然ながら気は晴れないままでした。二人の死を引き起こした一連の事件の記憶は、生涯を通じてわたしの心に深く刻まれていくことでしょう。
鈴木さんは今回の事件がこたえたらしく、少しずつですがサボりをやめて、授業に出始める決心をしたようです。わたしの必死の説得で、タバコもやめてくれるようです。中学生で喫煙はさすがに……ね。
人形頭さんは変わらず孤高の道を突き進み、クラスでも一匹狼を貫いている……と思いきや、なんとなんと、ピッタくんが一躍大人気に。“怖可愛い”なんて酔狂な感想を持った女子が急増。人形頭さんの周りに人混みは絶えず。
こんな感じで、たった一日で各々の生活に何かしらの変化があったわけですが、一番の変化といえば、これしかありますまい。
「転校生のヤヨ=サザシードスというッス! とある目的で、しばらくお世話になることになったッス! 仲良くしてくれると嬉しいッス!」
「ル、ルイネ=ティララです……。るいね、こんなにたくさんの方々とお勉強は緊張するですが……宜しくお願いしますですっ……!」
結局こうなってしまいました。“とある目的”とは、当然ながらわたしの護衛。そういう感じで来られたら、こちらも断るわけにもいかず。ヤヨさんと、そしてルイネさんが、新たにわたしの級友になりました。羽根や光輪は収納可能らしく、怪しまれることはないですけど。
―――――結論。
「ぬううううはっはっはっはっ!! 十諸氏、ここの問題が分からないのだ! 教えてもらうことは可能か!? んんん!?」
「おい十諸! やっぱりタバコ吸わせてくれよ! 一本だけ、一本だけでいいからよ!!」
「杏菜さん! パンでも買いに行きましょうか!? マッサージでもパシリでも、このオレにお任せッスよ!」
「オイ! ナンカオレサマノ周リニ騒ガシイ女ドモガ集マッテキタンダ!! 助ケテクレヨ!!」
「杏菜、アンタまさか、人形頭さんとまで仲良くなったのか!? 大丈夫なのかよ、なあ!?」
「待たせたな諸君!! 井沢先生が病気から復活して戻ってきたよぉ!! んん!? 十諸さん、凄い人気だね! どれ、先生も仲間に入れておくれ!!」
家も学校も、超うるせぇ。




