第九十五睡 横槍ピエロ
「ツギハ……オマエタチダ!!」
「チッ……来やがった! おい十諸! 何をボサっとしてんだよ! 死にてぇのか! おいっ!!」
一秒でも早く、ここから逃げなければいけない。それは痛いほど理解しているつもりでした。“逃げろ”という指令だけで頭の中が埋め尽くされて、今にもパンクしてしまいそうなほど一刻を争う場面が、今自分の目に焼き付いているはずなのに、それなのに、わたしの足は頑固者であり、臆病者であり、愚か者でした。
「ったく……世話が焼けるなっ!!」
鈴木さんは放心状態のわたしを担ぎ、グラウンドを全力で走りました。一人だった西さんでもあんなにすぐに追い付かれたんだ。二人じゃ逃げられるはずがない。
「鈴木さん……わたしを置いて逃げてください。わたし、責任とらないと……」
「バカか! それが出来る男なら、とっくにそうしてるっての!!」
「あはっ、そうですよね。出来ませんよね。そもそも、この学校には結界があるんですから。ここには敵しかいないから、だから……逃げられないんです。もう、終わりなんです」
わたしは絶望していました。今の状況もそうですが、何より“わたし”が西さんと権野山さんが命を落とすきっかけを作ってしまったことに。
「うっせえ!! おめえ、ここで死んでいいのかよ! 死んだらもう、そこで終いなんだぞ! 元に戻ることなんか、出来やしねぇんだ!!」
「元に……」
『アナタのお兄さん、死んでも生き返ることができるんスよ。テスティニア様の力でね。もちろん、回数制限はあるッスけど。生き返った者は、死ぬ直接の原因となった場所まで戻ることが出来るんス。ただそれには、テスティニア様に選ばれた特別な者でないと……』
あの時のヤヨさんの言葉……お兄ちゃんは生き返ることができる。それにはテスティニアさんという人の御眼鏡に敵わないといけないらしいけど。
わたしは、どうなのだろう。
お兄ちゃんがそうなら、わたしだって。
でも、戻ったところでどうする? こうなった直接の原因ってなに? そもそも戻れるの?
考えれば考えるほど、自らの気持ちがマイナスの方へ傾いていくのがハッキリと分かりました。
「ミツケタ……ミツケタ……」
「オワリ……オワリ……」
グラウンドの入り口の階段を這い上がってきた生徒や先生方を見て、わたしは溜め息をつきました。
「もうダメですよ、鈴木さん。あの数から、あの化け物から逃げられるわけありません。走るだけ無駄です」
「うっせえっつってんだ! ちくしょう、一体どうすりゃいいんだよ……!!」
私を担いだまま、グラウンド端の野球フェンスまで追い込まれた鈴木さん。洗脳された生徒たちは、全方位からわたしたちを見てケラケラと笑っています。その上空では羽を動かした化け物が、勝利を確信したかのように我々を見下ろしていました。
「すみません……鈴木さん。最期にわたしみたいな人殺しと一緒に死ぬなんて、最悪ですよね」
「一緒に? はっ、イカれたこと言うな。死ぬのは……俺一人でいい」
鈴木さんはわたしを降ろすと、のっしのっしと前進していきました。
「ナンノツモリダ?」
「見た通りだ、クソキモ野郎。おめえみたいなゴミ虫に殺される奴なんざ、これ以上見たかねぇ。だから……かかってこいや!!」
「鈴木さん!!」
赤黒い触手が、鈴木さんに襲いかかりました。わたしは目を背けてしまいました。わたしには何もできない。オラシオンもない、ヤヨさんやルイネさんを呼んでくることもできない。ただこうして、目の前の人達が死んでいくのを見ていることしかできない。
一つの長い長い悲鳴。わたしは目をギュッと瞑りました。ごめんなさい、鈴木さん。ごめんなさい、ごめんなさい……!
「な……今度は何が起こったんだよ!!」
しかし、聞こえてきたのは鈴木さんの声でした。
鈴木さんは少しも動かず、立ち尽くしていました。同時に遠く離れた場所に散乱した、千切れた化け物の触手が見えました。
その化け物はというと……引き千切られた自分の触手を見ながら痛々しい叫び声をあげ続けています。
ヤヨさんでもルイネさんでもないとすると……一体誰が……?
「オウオウ! チョット見ネェウチニ、トンデモネェ学校ニナッチマッタモンダナ! マルデ、ゾンビノ遊園地ミテェダ! ナンツッテナ!」
その甲高い声と壊滅的なギャグセンス、ひょっとして……。わたしと鈴木さんは声が聞こえたフェンスの上を見上げました。
「ヨオ、ヒーローハ遅レテヤッテ来ルッテナ! ヨク頑張ッタナ、テメエラ! アトハオレサマタチニ任セトケ!」
「に……人形頭さん! ピッタくん!」




