第八十九睡 スタート
朝が来てしまった。
睡眠において一番幸せな瞬間とは、眠る直前と、一度目覚めてから二度寝まで、と俺は思う。他の時間、俺の意識は真っ黒け、あるいは真っ白けの中。朝が来てしまえば“また夜まで起きていなければならない”と、現実と向き合うことで生まれる苦しみを味わう。いっそのこと寝てる間も四六時中“今自分は眠りについている”という感情と幸福感を噛みしめることができれば。しかしそれは睡眠中も“意識”を持っていることになってしまい、睡眠の本質に反する。意識を失い、取り戻したら睡眠終了。それをなんとかしようとする行いは、もはや睡眠ではなくなってしまう。でももっと睡眠で幸せになりたい。でも出来ない。でもなりたい。
ぐるぐるぐるぐる、無情な現実。
「二度寝させ」
「却下です」
ベッドに残った己の温もりをいとおしみ、なんとか部屋に戻ろうとする俺は、無慈悲なタラ子にグイグイと手を引かれ連れていかれる。音速で断りやがった。もういやだ、俺がなにしたってんだよ。どこにも行きたくないって。寝たいんだって。
「寝かせてくれぇぇぇぇよぉぉぉぉぉ」
「ビブラート効かせてもムダです。もうポラポラさんもあたしも準備は出来ているんですから。あなた、どうせ何も準備するものないでしょ?」
図星イライラ。
「それに、皆さんもお見送りに来てくれてますし。もう十分寝たでしょう?」
「これからのことを思うと不安な睡眠時間だが……待たしてんならしょうがねぇか」
俺は抵抗を諦めてタラ子に続くことにした。
●
「おお、ようやく来たのじゃ、勇者が!」
城を出て、壊れた王都を歩いていく。その出口の辺り、俺が最初に来たときに見た門の所に、夥しい数の人が集っていた。早朝だってのになんて多さだ。ユウカク王がそう言うと、その人たちの視線が一斉に俺に集まった。ユウカク王、無事でよかった。
そして飛んでくる無数の歓声。昨日の戦いで株を上げたのは、ミーナだけではなかったらしい。
「参ったねこりゃ。俺みたいな人間が、えらく人気者になったもんだ」
「そりゃ、国を滅亡寸前のところで救った者たちの一人ですから。この数はそのままあなたの功績、そしてあなたへの期待である、と思ってください」
輝かしい瞳で俺を見続けるレシミラ国民たち。その中には何人か、知ってる顔がチラホラと……。
「十諸さん、いよいよ出発ですわね! 心の準備はよろしいですの?」
「マリアさん……その、色々お世話になりました。俺みたいな余所者にこんなに優しくしていただいて、寝床や食事まで用意してもらっちゃって……ありがとうございました」
誠心誠意を込めて、マリアさんに頭を下げる。
「気になさらないでくださいな! こちらこそ短い間でしたが、大変楽しかったですわ! 昨日も申し上げましたが……くれぐれも御武運をお祈りしておりますわ!」
「勇者さーーん!!」
ミーナとヒーナが俺に近寄ってきた。
「お前らは、俺たちと一緒に来ないのか?」
「はい! ミーナたちはここに残って、一日でも早く国が復活するようにお手伝いします! 二人の愛の力で!」
ミーナはヒーナの腕に絡み付いて、にぱっと笑った。
「ヒーナ……お前にも随分と迷惑かけちまったな」
「……ここら一帯の魔物はあーしらに任せろ。テメエはさっさと魔王の野郎ブッ倒してこい。無様に負けやがったりしたら承知しねぇからな」
「ああ、頼むな」
「あと……別に迷惑だなんて思ってねぇ。テメエと一緒にした戦い、なかなかスリルがあって、楽しかったぜ。今度会う時までには、テメエに護られなくてもいいように、もっと強くなってみせるからよ。だから、だから……死ぬんじゃねぇぞ、チキン野郎!!」
そっぽを向いて叫んだヒーナ。なんつうか、こいつ……こういうところホント不器用だよな。
「佐藤くん!」
「おす、ブッキー。まあ、あんたにも何だかんだ世話に……なったっけ?」
結局ゴムスーツも効果なかったしな。
「もうっ、最後まで酷いなぁ! 私だって色々と頑張ったんだよ?」
「分かってる分かってる」
適当に切り返す。
「もう……よし分かった、じゃあ一つだけ、言いたいことを言わせてもらうとするよ」
そう言うとブッキーは真正面まで来ると、俺の両肩に手を置き、顔を俺の耳にすうっと近付けた。相変わらず積極的な女だ。とてつもなく良い匂いがする。
「見失うな」
重くしっかりした声で囁かれ、背筋がゾクリとした。“見失う”……一体何を? そう考えているうちに、ブッキーは俺から離れ、すぐに笑顔を貼り付けた。
「何か困ったことがあったら、いつでも帰ってきたら良い。歓迎するよ!」
「ああ……分かった」
やっぱりこいつ、何かを知っている。この笑顔の裏に、何かを隠してる。でも、今の俺ではそれを解明できないし、聞き方も分からない。
「輿ノ助、アイリ! いよいよやな! 腕が鳴るわ!」
ポラポラが伸びをしながらやって来た。
「皆の期待に応えるためにも、絶対に勝とな!」
「燃えてますね、ポラポラさん。まあ、あたしもやるからにはやり切るつもりですが。一応、国をメチャクチャにされたことに、あたしなりに苛立ちと責任感を感じてるんで」
「だな。そんじゃ、そろそろ出発しますかね。皆も眠いだろうしさ」
「では頼むのじゃ、勇者一行よ! 魔王を倒し、この世界に平和をもたらしてくれ!! 健闘を祈るのじゃ!」
こうして俺とアイリ、そしてポラポラは、鳴り止まぬ歓声に背中を押されながら、レシミラ王国を後にした。
改めて始まるんだ。
ここから、俺たちの旅が。
なんか打ち切りっぽくなっちゃいましたが、まだ続きますよ~!




