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第八十四睡 窮地

「なァァァんだァ、オ前らァァァァ?」


 慣れると早い。この巨人はメダイオ……中級魔物だ。覚束ない人語が遥か上から降り注ぐ。近くまで来ると本当にデカい。真っ赤な足には無数の傷跡。かつて、命を捨てる覚悟で抵抗を試みたのであろう人々の(わだち)。だが、この怪物は今や、そんなものは何とも思っていないといったような涼しい顔で、俺たち五人を見下ろしていた。


「さっきブっ飛ばシタ奴もいルなァァ。細イ体のくセに、よク死ななカッたもんダなァァァ!」


 相手は普通に喋っているのだろうが、俺にとってはメガホンで話されているかのような轟音。頭が少しばかしクラリとした。


「バカな奴ダなァァ。助カったなラ、そのマま逃げレば良かっタのによォォォォ。おまけに仲間マで連れテキやがってェェェ。ゴミが何人集まっテも、オレサマにハ勝てなイってこと……教えてやるゥゥゥゥ!!」


 戦闘開始。鬼は棍棒を空高く振り上げた。


「ナメんじゃねぇぞ、このデカブツがぁっ!!」


 ヒーナが放った何本かの矢は、鬼の腹部に突き刺さった。鬼はそれを見て、金歯を見せてニタリと笑った。


「アァァァァ? 何ダァ、虫でモ止まっタかァァァァ?」


「何だと……!?」


「虫ケラが、死ねェェェ!!」


 反応が一瞬遅れたヒーナ。鬼はその一瞬を狙って近くにあった建物の屋根を棍棒で叩き割り、それをヒーナに投げつけた。ヒーナのいた場所に衝突したとき、それは一瞬にして瓦礫の山に変わった。


「ヒーナちゃんっ!!」


「オイオイィィィィ、オレサマに背中ヲ向けテいいノかァァァァ!?」


「っ………きゃあああ!!」


 ヒーナの安否を確かめようとしたミーナを、鬼はまるでおはじきで遊ぶかのように容易く弾き飛ばした。ミーナはそれをモロに喰らい、遠くの建物まで飛ばされていった。


「ちょっ……ヤベェんじゃねぇのこれ? 相手、メダイオじゃねぇのかよ……!」


 “自分と同じ実力”の二人が為す術もなく倒されてしまったことに対し、俺の恐怖はピークに達した。思わず一歩後ずさる。


「だから下がってなさいって言ったのに……ほら、あなたたちも早く逃げて。ここは私が引き受けるから」


 ポラリスさんが俺とタラ子の前に立ち、剣を抜いた。傷のせいで足がフラフラとしている。


「そうは問屋が卸さないっすよ、ポラリスさん。今のボロボロなあんただけじゃ、あのバケモンは倒せない」


「どうして言うことを聞いてくれないの!? あれが只者じゃないってこと、もう十分に分かったでしょう!?」


「だからこそ、俺たちが力を合わせなきゃ倒せないんじゃないっすか。ほら、俺の足も“嫌だ嫌だ、逃げたくない”ってプルプルしてる」


 声を張り上げたポラリスさん。俺は(武者的な意味で)震えた自分の足を見ながら静かに返した。


「ナァに話してんだァァァァ? ゴチャゴチャうルせぇよ、くたバれェ!!!」


「くっ………はああああ!!!」


 鬼がポラリスさんに握り拳を突き落とす。腰をひねってそれをかわしたポラリスさんは、そこから鬼の腕の上を素早く走り、二の腕辺りで高く飛び上がった。そして透き通った叫び声と共に鬼の肩を斬りつけた。傷を負っているとは思えないほどの華麗な一撃。決定打とまではいかずとも、十分なダメージになっただろう。


「グオオオオォォォォォォォ………なァァんテな」


「なに……ぐっ!!」


 刃が刺さり、顔を曲げて長く唸っていた鬼は、突然ケロッとした顔でギョロリとポラリスさんに焦点を合わせると、高身長のポラリスさんの体を、その何倍もある大きな右手でガッチリと掴んだ。


「しまっ……!!」


「ヘヘッ、こんな小せぇ剣ガ、オレサマに効クかよォォォ。だァカら言っタだロォ、雑魚は雑魚らシく、オレサマの所に死ニに戻って来ねぇデ………無様に逃ゲりゃ良かっタってよォォォ!!」


「うあああああ!!」


 鬼は渾身の力を込めてポラリスさんをぶん投げた。凄まじい風圧にポラリスさんは体を少しも動かせず、悲鳴をあげて落下するばかり。


 あの高さだ。さすがのポラリスさんでもひとたまりもないだろう。俺が何とかしなければ。ヒーナとミーナはやられたし、タラ子は寝てるし。


 俺に……何ができる? いったい何が……。



 俺は走り出していた。受け止められるほど屈強じゃない。でも、届かない距離じゃない。





『はあ……ったく、なぁに泣いてんだか。こうなったのは、アンタのせいじゃないっての。なあ、一つだけ……約束してくれるかい?』





 約束……そうだ、約束。


 俺も、したんだった。


 遠い遠い昔に、一つだけ。



 ポラリスさんも、言ってた。“約束”したって。いつ、どこで、誰としたのかは分からないけど。

 でも、きっと……きっととても、大事なこと。


 ああ、そうだな。いったん約束したら……守らなきゃな。たぶん、俺がこうしてこの世界にやってきたのは、面倒くさいと言いながらもタラ子についてきたのは、昔々の“約束”を、何があっても守るため。



 それまで、もう少しだけ。



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