第八十一睡 ヤァァァァァレン ソーランソーランソーラン ソーランソーラン ハイハイ!!
「それで、私に何の用なの……?」
見るからに不機嫌そうに眉をピクピクとさせた相手に、俺とタラ子は真剣な眼差しで向かい合って座っている。どうにか近くの酒場に連れ込むことができた。もしやと思って王都を練り歩いて待ってたら、本当にぶつかってきたんだもんな。さすがに三回目なら何か運命的な物を疑ってしまう。
「あんたの腕を見込んで頼みがあるんすよ……ポラリスさん」
名前を呼ばれた女性は、今日も変わらず晴れやかな空模様がそのまま溶け込んだかのような青髪をフワリと揺らして、溜まった息を尽きるまで吐き出した。
「あの……もうこれっきりにして欲しいのだけれど。私があの蜘蛛からあなたを助けたことは単なる偶然だし、もうこうして顔を合わせ続けることは……」
「冷たいこと言わんでくださいよ……“発情期”ポラリスさん」
「してへんわ! しばくぞホンマ!!」
ポラリスさんのキレッキレなツッコミを聞いた俺はタラ子に耳打ちした。
「どうだ、タラ子?」
「なるほど、やはりあの時の関西弁が素でしたか。ワードセンスは少し典型的ですが、声量とタイミングはさすがですね。合格のハンコを押してもいいです」
「だってさ。良かったっすねポラリスさん。相変わらず切れ味抜群のツッコミ、ご馳走様っす」
「あっ……な、なんの話よ? 合格のハンコとか何とか……」
なかなか鎧を外しきってくれないな。ポロリと落ちてもすぐに装着し直してしまう。
その時、タラ子が立ち上がり、九十度に頭を下げ、シュビッと右手をポラリスさんに差し出した。
「ポラリスさん……改めて自己紹介を。レシミラ王国王女、アイリ=クルディアーナと申します。あなたの腕を見込んで頼みがあります。是非ともツッコミ役として、あたしたちのパーティーに加わり、共に世界を魔王の手から救っていただけませんでしょうか?」
まるで告白のようなシチュエーション。自分より身分の高い者にこんなことをされたポラリスさんの顔は、当然ながら動揺の一色だった。ツッコミ役としてパーティーに……前代未聞のシチュエーションだもの。
「ちょっと、頭を上げてください。貴女からお誘いを受けるのは大変に名誉なこと。それは重々に承知しております。ですが私は一人で戦うと決めた身。申し訳ありませんが、その手を取ることは出来ませ」
「あ、これソーラン節のイントロです」
「何やねんそれ!! ウネウネすな! 頼むんやったらちゃんと頼まんかい!!」
おおっ、タラ子のメチャメチャなボケにも対応している。素晴らしいな。
「やっぱりボケを全て綺麗に打ち返してもらえると気分がいいですね。というわけで、あたしたちの仲間になってくだされ」
尚もソーラン節を躍り続けながら交渉を続けるタラ子。音楽が聞こえてきそうなほど無駄に臨場感あって上手いのが凄い腹立つ。何でソーラン節とか知ってんだこいつ。ポラリスさんは知らないっぽいのに。
「あのですね……私は仲間なんていらない。一人でこの世界を魔物から守ってみせます。魔王だって関係ない。私の大事なものを奪わんとする輩は、誰であろうと斬り捨てるだけです」
「孤高の剣士らしい、勇ましいお言葉ですね。しかしながら、世界を滅びから救うという、あたしたちとポラリスさんの利害は一致しています。さすがの“漾瑩姫”でも、その刃が世界中の魔物に届くとは到底思えません。この先、一人では太刀打ちできない敵が出現するかもしれません。いえ、必ず出現します。あたしたちと手を組むことに、ポラリスさんにとって何かデメリットがありますか?」
タラ子は原稿でも用意していたのかと疑いたくなるほどに、一度も詰まることなくポラリスさんを追い詰めていく。力強いソーラン節も相まって凄い迫力だ。ポラリスさんの頬を汗が滑り落ちた。そりゃ冷や汗も出るわ。怖いもん。
「わ……私はただ、あの男を倒して仇を……」
「うわああああ!! ま……魔物だあああああっ!!!」
ポラリスさんの言葉は最後まで聞こえなかった。中年男性の、己の喉を犠牲にせんばかりの叫びが酒場全体を一瞬にして駆け抜けた。条件反射で立ち上がった者が数名。後は酔い潰れて理解が遅れたらしく、真っ赤な顔で辺りをキョロキョロ見渡している。
そして間もなく、店の外は、断末魔で溢れ返った地獄へと早変わりした。外を見ると、天気は晴れていたのに、人の波は右へ左へと荒れ狂っていた。おかしな風景だ。こりゃ漁師も船を出せそうにないな。タラ子はソーラン節を止めた。
「なになに、魔物が出たって?」
鳴り止まぬ悲鳴。俺も酔っ払いと何ら変わらぬ反応を示す。そんな俺を他所に、ポラリスさんがテーブルを両手で勢いよく叩いて立ち上がる。
「こんなところにまで魔物が!? くっ……早く助けないと!」
ポラリスさんは火事の発生を聞きつけた消防士のように、流れるように外に飛び出していった。
「あたしたちも行きますかね」
「へいへい、分かってるよ」
一方の俺たちは、お花畑の周りのチョウチョウの如く、優雅にヒラヒラと店の外へ舞い出ていくのであった。




