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第七十八睡 絶対的な壁

 吸血鬼。


 魔物の中でも知名度は高い方だろう。その名の通り、人間の血を吸って生きているモンスター。鋭い牙に高めの身長、全身を覆い隠せるような長いマント、紳士的な言葉遣いに振る舞い……と、このミュガナッチェとやらは、一般の人々が思い描いているイメージ通りの吸血鬼と言ってもいいだろう。少し年齢は行ってるけど。


 見た目はどう見ても優しく気品のある中年男性。しかし、こちらに絶えず、底の知れない恐怖を刻み付けてくる、その静かながらとんでもない気迫に、俺は完全に圧倒されていた。正直、こいつが近くにいるだけで、立っているのも精一杯だった。


「ククッ、どうしましたかネェ? 何やら様子がおかしいですネェ……十諸 輿ノ助さん?」


「なっ……何で俺の名前を……」


 辛うじて捻り出した言葉は、音量もない上に、震えて裏返って、自分でも情けなくなるような酷い作品だった。


「おやおや、そんなに緊張なさらなくていいんですがネェ。汗が凄いですネェ? お辛いなら座ってもいいんですがネェ」


「あいにく、まだ若いもんでね。あんたより先に腰を降ろすわけにはいかねぇな……。それより質問に答えてくんない? 無視は寂しいんだけど」


 あくまで余裕の振る舞いを。しかし一瞬たりとも気を抜かない。油断したら―――やられる。


「おっと、これは失礼いたしましたネェ。ですが、聞かずとも分かると思いますがネェ?」


「どういう意味だよ?」


「ワタシと同じ四天王に、サキュバスのリル=カラネラさんという者がいてですネェ、それがアナタの妹、十諸 杏菜さんと接触したわけなんですネェ」


「なっ……」


 テスティニアが言ってた“町を破滅させるような超強い敵”って、こいつと同じ四天王だったのか……!? そんな奴を杏菜は……。


「おや、ご存じなかったんですかネェ? でも心配はないですけどネェ。あの色気バカ、あろうことか全身ボロボロになって帰ってきましてネェ。四天王の恥さらしですネェ。いやいやいやいや、しかしながら、アナタの妹さんには感服いたしましたネェ。いくら力が制御されていたとはいえ、ただの人間が四天王を圧倒したことは立派ですよネェ。ククッ」


 同胞がやられたとは思えないような幸せそうな顔で、ミュガナッチェは大きく拍手をした。十回ほどそれを続けた後、いきなり俺の間近まで詰め寄ると、グイッと顔を近付けてきた。この世界に来て初めて、明確に自分より背が高いと認識できる相手にゼロ距離から見つめられれ、俺は萎縮してしまう。


「もちろん……杏菜さんが狙われたのは、彼女が勇者であるアナタの妹さんだから、というのは言うまでもないですよネェ?」


「えっ!? そうなの!? お兄さん勇者なの!?」


 おいちょっと魔王黙ってろよ。今シリアスムードなんだから。空気読めよ。メイド姿の俺が言えた義理じゃないけど。つかよく笑わないでいられるな、この吸血鬼。こんな変な格好した奴にクスリとも笑うことなく真面目な話題を持ち掛けるのって、なかなか至難の技だそ。


「その剣、レイジネス、ですよネェ? そんなものを抜いて、どうするつもりだったのですかネェ? まさか魔王様を倒すつもりだった、なんて愚かなこと、仰るつもりじゃありませんよネェ?」


「ぐっ……」


 危険信号を感じた俺は凍りついた足を必死に動かし、ミュガナッチェから離れた。やっぱりレイジネスを知ってるのか。おかしいのは魔王だけだったと。


「いい動きですネェ。ですが、アナタももう分かっていますよネェ? 今のアナタでは、ワタシはおろか、魔王様も、絶対に倒すことはできないんですネェ、ククッ」


「ああ、重々承知してるよ、四天王筆頭様。タイマンでも絶望的なのに、二対一じゃとても敵わねぇ。俺はただ魔王が流れてきたから陸に上げてやっただけ。お迎えに来たならさっさと帰ってくれ。洗濯の邪魔だ。さっさとこんな気持ち悪いメイド服、脱いで粉々にしちまいたいもんでね」


 それは都合のいい言葉でコーティングした、ただの命乞いに相違なかった。こうして話しているだけで倒れてしまいそうな相手に、俺が太刀打ちできるはずがない。そしてそのミュガナッチェを手駒としている魔王なんて、尚更だ。


 よくよく考えたら最悪のシチュエーションじゃないか。敵で強いランキング一位と二位が、今ここにいるわけだろ? 詰んでるじゃん。頼むから戦闘だけは避けたい。ロクに経験値もないし、何よりメイド服で闘って死ぬの嫌だ。


「ミュガナ、お兄さんは余のことを助けてくれただけなんだから、今日のところはもう帰らない?」


 魔王らしからぬ提案をする魔王。お前ホントに世界滅ぼす気ある? 勇者だよ俺?


「はあ……甘いですネェ、魔王様は。ですが、ワタシもよもやこのような所で勇者さんと鉢合わせするとは思いませんでしたからネェ。今さっさと倒してしまっても面白くない……となると、魔王様の仰る通り、ここは退くのがいいでしょうネェ。勇者さんもやる気がないみたいですからネェ」


 奇跡だ。残機を一つ失う覚悟でいたのに、見逃してくれるらしい。魔王に救われた。“魔王に救われた”て。


 ミュガナッチェは空間に手を伸ばすと、魔法陣のようなものが浮かび上がった。ああ、やっぱりそういうカッコいいのでここまで迎えに来たんだ。魔法陣が出来上がった時、ミュガナッチェはこちらを向いて深々と礼をした。


「ではでは、失礼致しますネェ。今回は魔王様の情けでアナタと闘うのはやめておいて差し上げますがネェ。次会った時はワタシも容赦しませんから、せいぜい体が震えない程度には強くなっておくことですネェ」


「お兄さん、今日はありがと! またどこかで会おうね!!」


 黙れって魔王。今いいところなんだから。宿敵が去っていくシーンなんだから。本来ならお前が宿敵ポジじゃなくちゃいけないのに、貫禄の欠片もないせいで、ミュガナッチェさんがわざわざそれっぽい立ち回りしてくれてるんだろうが。恥じろ。お恥じくださいませ、魔王様。


「それではまた会いましょうネェ……十諸 輿ノ助さん? ククッ、ククククッ」


 程なくして魔法陣に包み込まれ、二人は消えていった。



 そしてすぐに、俺は膝から崩れ落ちた。


「はあ……はあ……!」


 呼吸が定まらない。まだ全身がビビッてる。惨めだな。これが格の差って奴か。“レイジネスを持ってるから大丈夫”とか何とか言っておいて、いざその時が来たら蛇に睨まれた蛙のごとく、怖くて全くもって動けなかった。


 世界を救うってことは、アレを倒すってことだよな? 今の俺じゃ到底届かない。多分、タラ子だって……。


 軽んじていた。“伝説の剣の持ち主”である自分に溺れ、救世というものに何の苦難も見出だしていなかった。


「なんとか、しないとな……明日から」


 プレッシャーから逃れた安堵が作り出したアクビを精一杯に味わう。敗北の味、だろうか。少しだけ苦かった。


 日が西に傾き、世界が朱色に染まっていた。ほのかな暖かさに頭がボーっとする。今日という日が終わりを告げる準備に取りかかりつつあるんだ。俺はずぶ濡れのジャージを抱え、歩き始めた。行きよりも歩みが重く感じるのは、疲れのせいか、水をたっぷり含んだ服のせいか、それとも……。

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