第七十二睡 前から来る人にぶつからないように左右に避けるのをお互いに繰り返しちゃうと凄い気まずい
全身に鋭い矢が突き刺さっているようだった。火矢ともいえるだろうか、体が燃えるように熱い。死ぬほど熱い。いや、もういっそのこと、死んでしまった方が楽ではなかろうか。
王都を埋め尽くす、おびただしい数の人の波を、俺は溺れないように必死に前へ前へと進んでいた。これが本物の波ならば、どれほど涼しく快適だっただろう。この波は、俺の体を焼き尽くさんといわんばかりに、ただひたすら熱さだけを与えてくる。なんとも滑稽な話だな。
タラ子に「詩人になる道は潰えた」と言われたのが地味に悔しかったので、申し訳程度の隠喩を入れてみた。もちろん本物の火矢が刺さっているわけではない。ただ、俺に向けられたある物が、そう形容したくなるほど鋭く、辛いものだっただけだ。
視線だ。
嫌悪、衝撃、哀れみ、軽蔑、好奇心、憤怒、困惑、たまにニヤケ顔。すれ違う人たちの俺を見る目は十人十色。えぇえぇ、そうでしょうよそうでしょうよ。さぞかし摩訶不思議でしょうよ。こんな格好した男が、こんなお祭り会場みたいな人混みの中を堂々と歩いてるんだもの。携帯があったらシャッター音が止まらなかったろう。学校の同級生に見られたら、明日から不登校になっていたろう。異世界で良かった。
くそっ、あのアマ……。何が「おおっ、似合ってる似合ってる! 可愛いよ、佐藤くん!」だ。こんなの悪目立ちするための、いわばパーティー衣装と同じ役割じゃねぇか。あそこで腹を抱えて大笑いでもされてたなら、こんな服、すぐに脱ぎ捨てて燃やし尽くしてやるところだったが……中途半端に褒められたから、もう着るしかなかった。
とにかく早くこの人混みを抜けよう。この世界でも警察というものは存在しているのだろうか? だとしたら補導待ったなしのコスチュームだけど。“事情聴取募集中”みたいな服装だけど。ヤバいヤバい、こんな所、知り合いに会いでもしたら大変だ全く。
「うぉっと……」
そりゃこんだけガヤガヤしたところ歩いてたらさぁ。人にぶつかっちゃうのも分かるよぉ。でもさでもさでもさぁ、完全に昨日と同じ、固い鎧の感覚したんだけどぉ。完全に昨日と同じ、上品な髪の匂いなんだけどぉ。これってもう、絶対あの人じゃんさぁ。知り合いに会いたくないって言った途端にこれだよ。ガン萎えピーナッツハリケーンなんだけどぉ。
俺はバツの悪さから唐突に心の中に芽生えたギャルを鎮めて顔を上げた。
「あ……あなたは……」
「おっす、ポラリス様。ご機嫌麗しゅうでごじゃります」




