第六十六睡 美しいって罪
ゆっくり、焦らすように、ルシュアさんは棒を下に動かしていく。俺とタラ子はそれから目をそらさず、その瞬間を待ち続けた。そして、遂にそれは俺たちの前に現れた。
「なっ……こ、これは……!?」
そこは、地獄だった。
まるでゴミのように顔中に無造作に転がっている、腫れぼったく小さな目やでっぷりとした鼻、空きっ歯が目立つ分厚い唇。目も半開きなのか、いや、そもそも開いているのか閉じているのか分からない。顔のパーツはパズルのピースのようにバラバラになっており、どこがどの部分だかなんとか理解するのが精一杯だった。俺が遠い昔に蹴躓いた、とんでもなく汚くてボコボコした石の方が、まだマシに見えるくらいに。そしてそれらの全てが厚い化粧でベッタリと染まっており、腐り果てているみたいだった。傍にいるのは吹き出さないように必死に堪えている、正反対にイケメンな執事だった。
「お、おい、ふざけるな、よ、これ、もしかし、て、これって、か、顔、なのかよ……?」
舌がうまく回らない。俺はヘナヘナとその場に座り込んだ。吐き気、胸焼け、頭痛が一気に襲う。なんだよ、今の今まで完全に出会った女性は全員美人の展開だったじゃん。何でこんなに、いきなりグロテスクなことになって……。
「認めたくありませんが、間違いないですね。顔を見る限り、人間と考えて間違いないようです。顔のところどころに自分に自信を持っている様子が見られます。このことから推測するに……」
「お、おい、なんでそんなに冷静でいられるんだよ? あれを見て、なんとも思わないのかよ?」
俺はタラ子の異常なまでに淡々とした口調に不気味さをおぼえ、少し強めに問い質した。
「そりゃ思いますよ。だからこそです」
「え……?」
呆気にとられる俺に向き直り、タラ子は堂々とした様子で言った。
「ビビってる暇なんかないんですよ。罪のなき国民を脅かす醜き顔を、あたしは絶対に許しません。必ずブス。それがレシミラ王国の王女たる、あたしの役目ですから」
「タラ子……」
タラ子の言葉に支えられるかのように、俺は立ち上がった。
「じゃないわよっ!! 何よこれ! どんだけ遠回しに人の顔をバカにするつもりよ!? あんたたち、失礼にもほどがあるでしょっ!!」
姫様は地団駄を踏んで怒っている。
いやいやいやいや、これはちょっと……
ブス過ぎだろ。
なんかこう、例えようにも例えられない。一種の芸術のようだった。なんとか顔に見えるギリギリのラインで目、鼻、口が存在しており“奇跡の顔面”と評してもいいぐらいだ。今まで生きてきて出会った中でも群を抜いてブスなんだけど。一回だけすれ違ったみたいなのを入れたしてもダントツなんだけど。なるほど、これは確かに心臓が止まりそうだ。子犬くらいならショック死させられるんじゃないのか?
そうか……あの夢、今朝俺が見た夢から覚めたとき、何であんなに汗をかいていたのか、そして女性が振り向く瞬間からの記憶がなかったのか……全て繋がった。
ブス過ぎて記憶が飛んだんだ。いや、記憶が記憶することを拒んだんだ。
ヤバイぞ、この世界の全女性の平均顔面偏差値を5~10くらい下げてそうだ。こんな所でこのような逸材に出会えるとは……。
しかし、もっと驚くべき事がある。どうやらこの人……。
「ちょっとそこの髪の毛ボッサボサのアンタ! 人の顔をジッと見て……まさか、超絶美少女のアタクシに気があるっての!? まあ恥じることはないわ! それはごくごく自然なことだから!」
凄いナルシストだ。嘘でしょ? 妖怪が尻尾巻いて逃げる顔だよ。
唖然としている俺とタラ子に、執事が眩しい笑みを携えて歩いてきた。そのまま俺の耳に顔を近付けた。やめろ、それ以上イケメンを寄せるな。あまりの輝きに朽ち果ててしまう。
「面白いべ、あの人?」
「え、いや、は……?」
イケボはイケボだが、思ったよりカントリーチックなしゃべり方に俺は狼狽える。
「姫様、鏡とか見たことないんよ。すったらもんだから自分のこと“世界で一番べっぴんさん”と思ってんだべ。オレは面白ぇから、黙ってやってんだけんどな。この長ぇ棒っこで隠してんのも“姫様のあまりの美しさで世界が滅びちまうから”ってことにしてんだ。あの顔を公に晒すのは、姫様もそれを見る人も可哀想だかんな。賢いべ? もちろん、姫様には内緒な」
俺の世界でいう北海道、東北地方ぐらいの方言が、黒髪碧眼のイケメンの口からどんどん飛び出してくる。
「え、あの、ルシュアさん、何でそんなしゃべり方なんすか……?」
「んぁ? ああ、これか? オレは田舎に住んでたところを、姫様に選んでもらったクチなんだ。平たく言えばアンタと同じ。田舎に比べりゃ、都会は異世界みてぇなもんだかんな」
意外というか、凄いギャップだ。基本イケメンは敵だが、この人はちょっと親しみやすいかもしれない。
「ちょっとルシュア、何をコソコソ話してるの!! てか、そいつらマジでムカつくんだけど! 見たことないはずなのに凄いデジャブな絡みしてたし! あとそこの白髪の女! “必ずブス”って何よ! そこが一番適当かつ辛辣でムカついたわ! アンタ達、アタクシが誰だか分かってるの!? アタクシこそがハルス王国の姫、フス=ヴィクトリアよ! 頭が高いのよ、この愚民共!」
「失礼いたしました、ブス姫」
「すんませんっす、ブス姫」
「フ・ス!!」
皮肉な名前だな、本当に。




