第六十五睡 隠されプリンセス
「“あんた”ですって? また随分と不躾な勇者がいたものね」
姫様が低い声で言った。タラ子が俺の脇腹あたりを肘でつついた。おっと、そうだったそうだった。お行儀よく……だったな。
「……失礼いたしました、姫様。俺がこちらのアイリお嬢様に拉致……もとい、勇者としての類い稀なる才能を見込まれ別世界からやって参りました、十諸っす」
「お初にお目にかかります。レシミラ国王ユスティニアの娘、アイリ=クルディアーナと申します。無礼をお許しください、まだ彼はこちらの世界に慣れておりません故、至らぬ点も多いとは思いますが、何卒……」
ああ、空気が重い。やっぱり来なきゃ良かったかなぁ……。そんなことを考えていると、姫様がこちらに顔……を向けた。
「ふーん、まあいいわ。それよりそこの勇者、さっきアタクシを見て、何か言おうとしていなかった?」
この洋の世界での地位の象徴とも言える、高そうな赤と黒のドレス。頭には銀色に輝くティアラ。きっとこれだけでも俺の世界じゃウン千万とかするんだろうな……。
「ちょっと、聞いてんの?」
「あ、ああ……すんません。なんかその……」
「何よ、アタクシは寛容な人物だから、ちょっとやそっとの事で怒りはしないわ。言ってみなさい。アタクシの顔に、何かついてるの?」
寛容って、自分で言うかね? にしてもマズいな、完璧に逃げられない感じになってる。変な汗出てきた。下手な嘘ついたら面倒だし「夢にあなたが出てきました」とか言ってもおかしな空気になるだろうし、どうしたら……。いやいや、それよりなにより。
俺にはずっと気になっている事があった。ただそれを突っ込むのは、あまりに無粋な気がした。でも今ならいける。姫様“アタクシの顔に何かついてるの?”って……
「いや、姫様、顔見えないじゃないっすか」
言っちまった。ついに言っちまった。
だってだっておかしいんだよ。姫様、顔を完全に隠されてるんだもの。隣にいる執事的な男に。
ちょうど……そう、テレビの温泉番組とかで、男性タレントの股間を隠す白い丸みたいなもののせいで、全くもって顔が見えないんだ。先端にそういった白い丸を取り付けた、長い長い棒を持ったイケメン執事は、童顔からくる爽やかなニコニコフェイスを少しも崩さず、姫様のお顔を隠し続けている。ちょうど顔だけが隠れるように作られており、お上品な茶色いドリルヘアーが左右から伸びているのはハッキリと見える。
なになに、怖いんだけど。どういうことなの?
「ちょっと勇者さん……失礼ですよ」
タラ子がすかさず耳打ちする。
「ふーん……なかなかに面白そうな奴じゃない。目上の人にも言いたいことを迷わず言うその性格、嫌いじゃないわ! おーほっほっほっほっほっ!!」
「言ってみなさい」って言われたから言ったんだけどね。あと笑い声うるさい。お嬢様キャラめんどい。
でも、夢に出てきたってことは、この人が俺の運命の人だったりするのか? だとしたら、是非とも顔を拝んでおきたい。
「あの、差し支えなければ、顔を見せていただけるっすかね? さすがにその丸に隠されっぱなしは気になりますって。酷い火傷とかだったら大丈夫っすけど」
「ふふっ、そんなのじゃないわ! いいわよ! ただ、見たら心臓が止まるかもしれないけどね! あまりの美しさに! あまりの美しさに!!」
マジか、そんなに自分の顔に自信があるのか。二回も言わんでいいのに。
「ルシュア、この丸をどけなさい!」
白い丸をコンコンと叩く姫様。ルシュアと呼ばれた執事はスマイルを崩さず一礼すると、その棒をゆっくりと下げていった。
いよいよだ、いよいよ明らかになる。夢にまで見た、姫様の顔が……。




