第六十三睡 昨日も今日も
ベッドから飛び起きていた。
びっしょりと服を濡らす汗は既に冷え切っており、なんとも気持ち悪い。額に浮かぶそれを、俺は袖で拭った。
夢を見た。それも凄く嫌な夢を。すぐに分かった。そうでもなきゃ、こんな最悪な目覚めにはなっていなかっただろうから。
だが生憎、その内容が思い出せなかった。身分の高そうな格好をした、背の小さな女性が後ろを向いていて、俺がその人の肩を叩いたんだ。そんで女の人がこっちを振り向いて……そこから記憶が全くない。
何だったのだろうか。まさか、あの人が俺の運命の相手……とか? そんな漫画みたいな展開が有り得るのか? でも、だとしたらこの滝のような汗は何だ? なんとか続きを思い出そうとしたが、どうやら無理っぽい。欠片ほども記憶が甦ってこない。
「勇者さーん、起きてますかぁ?」
扉の向こうから声がした。これは……タラ子か。ううむ、気まずい。昨夜あんなやり取りがあったから、非常に気まずい。
つか、昨日ヒーナに壊された筈なのに、完全に扉が直ってるじゃないか。そういえば昨晩、俺が帰ってきた時点で既に直ってたような……誰だか知らんが迷惑かけちゃったな。
「おんや、居留守ですか? 仕方ありませんね……ずどーん」
約24時間前に聞いた音。木がぶっ壊れる嫌な音。破壊された扉はまたもや俺の所に飛び込んできた。おーおー、そんなに俺が好きか、扉よ。とりあえずどいつもこいつも物の扱い荒すぎだろ。
「あれ、起きてたんですか。おはようございます、いい朝ですね」
「ああ、あまりにもいい朝だから、ドアも俺と社交ダンスをご所望のようだ。てか居留守なんか使ってねえよ。ちゃんと返事しようとしたのに、お前がそれを待たずに蹴破ったんだろうが」
「……だいぶお疲れのようですね。悪い夢でも見られたのですか? 汗が凄いですよ」
「問題ないって。だからさっさとドア直して出ていってくれ。俺は寝る」
またしても、普通すぎる会話進行。タラ子はあまり物事を長くは引きずらないタイプなのだろうか。まあ、そっちの方が俺としても助かるけども。
そういえば、夢の事に夢中で気付かなかったけど……もう朝なのか。いやはや、疲れが全然癒やされた感じがしないんだが。今の時刻は……分からない。時計がないのは不利だな。
「なに言ってるんですか。昨日も言ったでしょ、隣の国からお姫様がお越しになるって。もうすぐご到着される予定なので、あなたも早く準備してください」
「何で俺が……俺は王国関係者じゃねぇだろ」
「あなた、昨日あたしが言ったことにあれだけ食い付いておいて、何にも覚えていないのですか?」
溜め息混じりに言うタラ子。言うほど美人に興味ないからな、俺。いやマジで。
「今日、姫様が来られるのは、魔王討伐についてのお話をするためです。あなたも勇者ならば、この話に是非とも参加してください、スターチ」
「コーンスターチて。久々に名前イジリが復活したね。いいのか、大事な姫様との話にデンプン連れていって? いいならいいけどさ。せめてあと二時間くらい寝かせてくれ」
「無理です」
でーすよねー。
俺はさすがにこれ以上はわざわざ起こしに来てくれたタラ子に申し訳ないと思い、仕方なくベッドに横たわり、すぐに寝息を立て始める。
「いやなにナチュラルに二度寝しようとしてるんですか、頭かち割りますよ」
笑えねぇ。その脅し文句は笑えねぇ。既に一回かち割られてるっての。俺は慌てて起き上がった。
「わーったわーった。行けばいいんだろ、行けば。場所は王室か?」
「いえ、ちゃんとした客間の大部屋がありますので、そこを使います。とりあえず、あたしについてきて下さい。言わなくても分かっていらっしゃると思いますが、くれぐれも粗相のないように、ですよ」
「あいよ、今日も案内頼みますわ、アイリお嬢様」
俺は扉がなくなった後のただの空間を通り抜けて部屋を出た。




