第六十二睡 緊迫
あの女の子は城に帰ったあと、ヒーナがユウカク王に頼み込んで、丁寧に葬られた。マリアさんが死体を調べた結果、殺された時刻は俺たちがあの場に居合わせる、ほんの十五分ほど前だったらしい。葬儀の場には女の子の両親も居合わせた。山の麓に住んでいた女の子は、両親が不在の間、花を摘みに家を抜け出したのだろうという結論に至った。両親は燃えゆく女の子の体を見て、泣いていた。泣いて泣いて、泣き崩れていた。しめやかな空気の中、女の子……ジュネアちゃんの葬儀は、静かに幕を降ろした。
後悔とは残酷なものだと思う。決して変えることの出来ない“今”の結果を受け止めざるを得ない状況に置かれながらも「こうしておけば良かった」「あの時あんなことをしなければ」と、過去の己への自責の念を一生抱き続ける。それが愛する家族を失ったとあらば尚更だ。
俺は果報者だ。杏菜のおかげで、俺は救われた。そうじゃなければ、俺は……。
「あら、考え事ですか? ガラにもなく黄昏れちゃって……」
部屋の窓から景色を見ていると、タラ子が後ろに立っていた。内心ビビったが、不審に思われないよう、なんとか平常心を保った。
「ノックぐらいしてくんねぇかな? 着替え中だったらどうすんの? それとも何か、そういうラッキースケベを狙ってるのか? このエロ天使が」
「姫=美人などと宣う方にエロ呼ばわりとは光栄の極みですね。カギも閉めない不用心さ……いえ、勇敢さは評価しますがね」
「うるせえな、施錠なんて、寝る時だけで良いんだよ」
気持ち悪いくらいに、いつも通りのやりとりだった。頭では理解してる。でも心は頑固なんだ。どうしても、タラ子は俺が“コンティニュー”したことを知っているんじゃないか、という疑心が振り払われなかった。
「それで、何を考えていらっしゃったんですか?」
タラ子は俺の隣に並んで、夜景を眺めながら、何の気なしに聞いてきた。俺は少し、ほんの何ミリかだけ、タラ子から距離を取った。
「いんや、さっきの女の子の葬儀の時のご両親を見てたらさ……人の命って、尊いもんなんだよな、と。お前もそう思うだろ?」
皮肉のつもりだった。何と言おうとも、こいつは人殺し。一人や二人じゃない、千二百人だ。それだけの人数を屠っておいて、なおかつその一人一人の灰をショーケースの中に並べて名前を添えて保存する、鬼畜な天使。無差別なのか、被害者に何か関連性があるのか。そんなことは考慮すべき事柄じゃない。どんな理由であれ、こいつが多くの人間を手にかけたのは、動かしがたい事実なのだから。
この台詞は、同時に罠でもあった。これにタラ子がどう答えるのか。“命”に対するタラ子の考え方とは、どういったものなのか。俺は不思議な気持ちでタラ子の返事を待ち続けた。
「……あたしも……」
「ん?」
「あたしも、よく分かります。大事な人を失う気持ち」
いけしゃあしゃあと……その台詞、あの物置部屋の中でも言えるのか? あの人たちだってきっと、誰かしらにとっての「大事な人」だったんだぞ。そう言おうとしたが、これは俺へのデメリットになる。残機を無駄にするだけだ。たぶんあの部屋を見たことがバレ次第、俺は速攻で殺されるだろうから。
「そうかい、さすがは天使さんだね。命の重さは重々承知ってわけかい」
「……さっきから、やけに突っ掛かる言い方しますね。言いたいことがあるんなら、はっきり仰ったらどうですか?」
「おっと、こりゃすまない、性分なもんでね。けど、そんなのいつもの、分かりきった事だろ? 俺がひねくれた言い回しをするなんてさ。お前こそどうしたよ? いつになく高圧的になって。らしくないじゃんか」
場の空気がピリピリする。俺が撒いた火種とはいえ勘弁してくれよ。こちとら疲れてるんだっての。
「……今日はもう戻ります。明日も早いので、あなたも早めに寝てくださいね」
「ああ、そうさせてもらうよ」
タラ子は唐突に俺の部屋から出ていった。それを確認すると、俺は自分の心臓を抑えた。激しく拍動している。
恋心……なわけねぇよな。どうやら、あいつのプレッシャーにあてられちまったらしい。殺気を確かに含んだ、静かだが荒々しいプレッシャー。のはずだったが、俺は気付いてしまった。
「何であいつ、あんなに悲しそうな顔してたんだよ……」
タラ子が部屋のドアを閉めるほんの一瞬、俺はあいつの顔を見た。それは決して、千人以上の人を殺した者の顔ではなかった。話している最中もそうだった。あいつにはずっと、殺意以外の“何か”が付きまとっていた。今となってはもう、それが何かは分からないけど。
その日も眠りにつくのに、そう時間はかからなかった。ただ昨日に引き続いて、決して心地のよいものではなかったということだけは、明らかだった。




