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第五十七睡 遅れてきた殺人者

 腹からドクドクと溢れてきた血が、蜘蛛の足を赤く汚していく。頭がおかしくなりそうな痛みの中、俺は後ろで困惑しているヒーナの方を向いた。


「何で……か。気付いてたら体が動いてた……なんてヒーローっぽいこと言うつもりはねぇよ。ただ俺もつい昨日……同じような事をしてもらっただけだ。今回は芝居のための小道具なんざ、用意してねぇけど……な……」


 蜘蛛が爪を引き抜くと同時に、俺は膝をついた。ああ、ヤベェ……凄ぇ痛い……。やっぱ死ぬのかな? またテスティニアにどやされる。


「くソッ、カッコつけやがっテ……今度こそ殺してやル!!」


 蜘蛛はヒーナに再度襲いかかる。ヒーナは俺を背負い、何とかそれを避けた。


「ヒーナ……」


「勘違いすんな。テメエみてぇなチキン野郎に借り作んのが嫌なだけだ。いいから大人しくしてろ」


 蜘蛛の猛攻。ヒーナは当たらないように体を捻るのが精一杯で、反撃する隙もない。もしあったとしても、ヒーナの弓はあの蜘蛛には効かない。俺はというと、情けないことに痛みで少しも体が動かせない状態だ。どうすりゃいいんだよ……。


 ヒーナは自分よりもだいぶ高身長な俺を背負っての移動に注意力が散漫になったらしく、石に躓いて転んでしまった。投げ出され、地面に転がった俺を守るように、ヒーナは両手を広げて立ち塞がった。


「ヒーナ………」


「ケハッ、降参かヨ? 呆気なイ最期だッタな!! 二人仲良く死にヤガれ!!」


 やんぬるかな……俺は蜘蛛が天高く振り上げた、鋭利な足を力なく見た。意識が朦朧とした俺の目に、いつの間にやら朱色に染まった空が、その後ろにぼんやりと映り込む。


 しかし、それはすぐに綺麗な青色に変わった。何故? どうして夕空が青空になった? 真相を知ろうと、俺は閉じ行くまぶたを無理やり持ち上げた。


「あ………」


 それは空ではなく、髪の毛だった。思わず空と間違えてしまうような、長い長い、青色の髪の毛。それを靡かせている女性に、俺は見覚えがあった。俺らに止めを刺さんとする蜘蛛を冷徹な目で見据え、両手に持った大剣を振り下ろした。



「ガアアアアアアア!!!」



 蜘蛛は地面が裂けそうなほどの断末魔をあげる。そこに見事なまでの一刀両断。蜘蛛はなすすべもなく地に伏した。ん? なんか今、違和感があったような……今日は違和感が多いな。


「あ……あんたは、昼間の……」


 首だけを起こした俺が声を発すると、青髪の女性はこちらに歩いてきた。そして倒れた俺の元にやってきて、顔を覗き込んでくる。


「大丈夫? あなた、昼間の人よね?」


 相も変わらず無感情に、女性は問う。


「“漾瑩姫”……ポラリス………!」


「どうして私の名を? あなたに名乗った覚えはないはずよ」


 ポラリスさんは、さして興味がなさそうに聞いた。


「どうしてだと? 謙遜のつもりかよ……いや、つもりですか、“当世最強の女剣士”様? ここいらじゃあ知らない人はいないんですよね? いやはや、さすがの腕前だ。おかげで俺も命を救われ、こんなにピンピンして……ごほっ、げほっげほっ!!」


「チキン野郎!!」


 吐血なんて初めてだ。すかさずヒーナが駆け寄ってくる。


「何で……何であーしみたいな奴を助けたんだよ……!」


 ヒーナはこちらを見ず、下を向いている。見られたら恥ずかしいとでも思ってるんだろうか。俺の方が、もっとみっともない顔してるだろうに。


「悪ぃな、けど……お前が死んだら、ミーナとか色んな奴が悲しむだろ。お前は皆から愛されてるんだ……俺なんかと違って」


「バカ野郎!! 自分の命を何だと思ってやがる! さっきはああ言ったけどな! あーしはテメエに死なれたら……張り合いがねぇんだよ! テメエ、勇者だろ! こんな所でくたばんじゃねぇよ!!」


「ヒーナ……」


 ヒーナは完全に俺とは別の明後日の方向を見た。そして腕でぐしぐしと目の辺りを拭った。こいつ……。


「とにかく出血が酷いわ。早く手当を………」


「あー、いたいた。やーっと見付けましたよ」


 ポラリスさんの言葉に重なり、なんとも力の抜けた声が聞こえてきた。首を起こす必要もなかった。こんな生気を感じられない声の持ち主は、俺を除いて一人しかいない。



「おや、皆さんお揃いで」


 この声を聞くと、昨日の記憶がいっせいに思い起こされる。


「いやあ、あたしとしたことが大寝坊しちゃって」


 あの時も、こんな間延びしただらしない声で。


「まーた喧嘩してたお父さんとお母さんに事情を聞いたら、先に出発したって言われましてね」


 ギラリと輝く斧で、何の躊躇も、容赦もなく、俺の頭を割って。


「あたしも一緒に行く予定だったのに、大幅に出遅れちゃって」


 俺に絶望的な“死”を味あわせた。


「本当に申し訳ないですねぇ……勇者さん?」



「タラ………子…………」



 人殺し天使の、ご到着だ。



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