第五十五睡 背中合わせのワルとダル
ツンツンした女子というのは、現実アニメを問わず、数多く存在するものだ。それは単に人と接するのが苦手なコミュ障であったり、自分を中心に世界が回っているという思考からか、他人を見下してしまう女王様キャラだったり、様々である。しかしその全てに共通していることがある。
それが“殻”なのである。真の自分を“殻”の中にガッチリと封じ込め、絶対に外の世界へ晒されることのないように、常に細心の注意を払っている。ゆえに、墓穴を掘って“殻”が割れてしまわないために、さながら親鳥の如く、本当の己を大事に大事に守り通す。それが“ツン”である。
しかし、ある特殊なイベントによりその“殻”が割れ、中の雛……すなわち真の自分が、翼を宿して羽ばたいてしまう時がある。見られたくない自分の赤裸々な部分が明るみに出てしまう。それは全く予期しないところから突然起こる。これまで必死に“ツン”を貫き通してきた女の子は、そんな予想だにしないハプニングに、普段のクールなお顔を真っ赤に染めて、それでもなんとか普段の自分に戻ろうと、ハンドルを無理矢理に切ってしまう。
その結果、逆に普段なら絶対に言わないようなことを口に出してしまう。乱暴運転の末路である。これを俗に“デレる”という。“ツン”の“デレ”……すなわち“ツンデレ”の完成だ。好きな人も少なくはないだろう。普段との“ギャップ”の攻撃力は、偉大なものなのである。
ちなみにこの場合の“真の自分”とは、人によって様々だ。その全てに共通していることは、それらは決してマイナスのものではないということ。そりゃ本人にとっては嫌かもしれないけど“デレ”の際に公に暴露されるものは、その女の子の心の優しさだとか、礼儀正しさだとか、はたまた可愛らしい趣味だとか、そういったプラスの一面ではないだろうか。
それは大抵「○○さんってこんな一面もあるんだ」と、周りにポジティブに受け止めてもらえる場合が大半である。きちんと礼が言いたい、困っている人を助けたい、友達が欲しい、そして……
「はああ……かわいい、かわいいよぉ……!」
実は可愛い物好きであること。
そういえば、最初の紹介の時にミーナが言ってたっけな。「可愛い物が大好き」って。だとしたら悪いことしちまったな。こいつも本当はミーナみたいに子どもを愛でたかったんだな。
「なぁ……お前も遊んでくるか?」
その時、ヒーナはハッと顔を上げて俺を「いつからそこに!?」とでも言いたげな真っ赤な顔で見ると、慌てて立ち上がって首を振った。ずっといましたけど。
「い……いやいやいや!! ありえねぇし! あーし、子どもとか嫌いだし!」
「いや“かわいい”連呼してたやん。あのジュネアとかいう女の子の事だろ? 現在進行形で顔真っ赤だしな。本当は遊びたいんだろ? 可愛い物、大好きだもんな」
「!! テメエ、何で………クソが!! とっ、とにかく、あーしは子どもが嫌いなんだよ! いつ魔物が来るかも分かんねぇのに、あんな汚ぇガキと遊んでなんかいられっか!!」
おーおー、こりゃまた分厚く頑丈な“殻”だな。さすが女番長だ。打たれ強い。
「そんなこと言わないで、ヒーナちゃんも遊ぼうよ~!」
いつも間にか戻ってきたミーナが子どもを肩車して立っていた。妹の本性を知っているからこその提案だ。
「だっ……黙れゴミーナ!! お前そんな余裕こいてたら、魔物が来たときに対処でき……」
山に木霊する雄叫び。それも三方向から。数も多い。
「やっと来やがったか……おいゴミーナ! そのガキを安全な所に運んでやれ!!」
「う、うん、分かった!」
ミーナはヒーナの命令を素直に聞き入れ、雄叫びのしなかった方に駆けていった。
少ししてやってきたのはゴブリンの大軍。数は三十匹くらいだろうか。一方につき十匹前後だ。ようやくチュートリアルっぽいことができる。
「テメエも下がれ、チキン野郎。邪魔だ」
「キツいキツい。当たりがキツい。なんのためにレイジネス持ってきたと思ってんの。俺も戦うってば」
いきなり戦力外通告。まるで信頼されてない。お互いに背中を預けて「俺より先に死ぬんじゃねぇぞ!」「お前もな!」シチュエーションにちょびっとだけ憧れていた俺が愚かだった。
「チッ……しゃあねぇな。ただ、あーしはまだ、テメエの事なんざ信用してねぇ。だが、ベスチャなんざに殺されてるのを見んのは夢見が悪ぃ。だからテメエはあーしが…………あーしが見てねぇ所で勝手に死ね」
「守ってやる、でいいでしょそこは。やれやれ、とんでもないお方と共闘するハメになったもんだ……さぁてと、そんじゃ行きますかね」
俺は剣を抜いた。そして前方から向かってくるゴブリン約10匹を見据えた。
【ゴブリンの群れを一掃しろ】
剣は群れに真っ直ぐに飛んでいき、俺が命じた通りに、バッタバッタとゴブリンを薙ぎ倒していく。改めて見るとすげぇ威力だな。
「ガアアッ!!!」
真後ろから甲高い声が鳴り響いた。首だけを動かして見ると、ゴブリンが小さな斧を持ってこちらに飛びかかってきていた。しまった……
その時、俺の視界の端から飛んできた矢が、ゴブリンの頭蓋を射抜いた。
「おおっ、お見事」
「うるせえ、手ぇ滑っただけだ」
俺はこちらに弓を構えたヒーナにパチパチと拍手をした。ヒーナはこちらを見ずにそう吐き捨て、標的を着々と射ち落としていく。
俺とヒーナの周りには、瞬く間に血の海が出来上がってしまった。役目を終えたレイジネスは、俺の所に戻ってきた。
「これで終了かい? 俺がいたおかげで圧勝だったとはいえ、昨日の六倍のベスチャを相手にするのは、さぞかし骨が折れただろ?」
「ああ、テメエを助けなきゃ一本も折れずに済んだんだけどな」
俺とヒーナは同時に武器を収めた。
「それより、おたくのお姉さんはどこまで逃げたんだ?」
「さあな。どうせ逃げた先で二人仲良く遊んでるんだろ。二人で仲良く……な」
悲しげな顔と声でヒーナが呟く。
「ヒーナ、お前たちって一体……」
「きゃああああああああ!!」
それは確かに、ミーナの声だった。俺がそう確信した頃には既に、妹のヒーナは走り出していた。




