第五十四睡 うたた寝の時に体がビクッてなる現象は「ジャーキング」
さてさて、またもややってきました、山でございやす。いつから俺はこんなにアウトドアになったんだ?
山と言っても、昨日タラ子と来たような薄暗く足場の悪い森ではなく、日当たりのいい草っぱらだった。蒼々とした草花は、昨日に引き続き空の真ん中を陣取る太陽に照らされ、キラキラ光輝いていた。そこはさながら自然のベット。上で寝たら、さぞかし夢心地だろうな。
「こんなのどかな場所に、本当に魔物が出んのかい? せっかくだし寝るか?」
「間違いねぇよ。なんせ、あーしらが昨日ベスチャを始末したのも、この場所だからな」
「昨日出たからって今日もそうとは限らないだろ。そろそろ寝ないか?」
「昨日だけで一気に五匹も出たんですよ! 今日も出るに決まってますよ!」
「ベスチャは群れで行動するんだから、五匹いてもおかしくないだろ。そんなことより、ここで一旦寝てみないか?」
「まっ、待ってりゃそのうち出てくんだろ。油断すんなよチキン野郎」
ぜんっぜん俺の気持ち伝わらない。こんなに露骨に眠りを欲しているのに。
「待ってりゃって、釣りじゃあるまいしなぁ……」
俺とクトゥルフ姉妹は、そのまま待ち続けた。俺とヒーナは何もせず、来るのか分からないその瞬間に備えてる。その間にミーナは持ってきたパンをはむはむと貪ったり、そこらにある花で飾りを作ったりしていた。ピクニックかよ。
俺が立ったままうたた寝することが何度目に及んだ頃だろうか。向こうの方から人型の影が近付いてきた。
「ふあああ……ようやく魔物のお出ましかい。待ちすぎて進化するところだったっての」
俺はアクビをして目を擦り、その姿を見据える。
小さかった。ここに来てサイクロプスさんしか魔物っぽい奴と会っていないので、何だか拍子抜けだった。あれがベスチャって奴なのか?
しかし数秒後、俺はもっと拍子が抜けることになった。
やってきたのは、ピンクのドレスに身を包んだ、三、四歳ぐらいの女の子だった。一目見て分かるほどの天真爛漫、明朗快活。ようは俺と正反対で、今日にも明日にも希望が満ち溢れていそうな輝かしい顔だ。少女は俺たち三人の姿を確認するなり、とててっと嬉しそうに走ってきた。そして俺の目の前まで来て、右太ももをポンと触ると、勢いよく俺の顔を見て、ニパッと笑う。
「たっちー! おにいちゃんがおにー!」
何これ。
「きゃああああああ!!! 可愛いです!! 可愛すぎです、この女の子!! 迷子ちゃんですかね!?」
「俺に聞くな。てか迷子でこんな山まで来るほど屈強な足腰にも見えねぇな」
ミーナが子どもを抱き締めスリスリと頬擦りする。まあ、子ども好きそうだもんな、こいつ。
「お名前はなんて言うんですか~?」
「おなまえ……?」
女の子はキョトンとした表情でミーナを見つめる。
「あっ、ちょっと難しかったですね! 字か諱を頂戴しても宜しいですか?」
そっちの方が果てしなく難しいだろ。
「じゅねあ~!」
通じるんだ。名前といい、なかなかにマセた子どもだな。
「ジュネアちゃんですね! じゃあ、お姉ちゃんたちと遊びましょう! 確か勇者さんが鬼でしたね! じゃあ鬼ごっこ、スターーーート!!」
「しねえよ。眠くて死にそうなのに、何でこの上走らなくちゃいけないんだ。俺になんか恨みでもあんのか。それに………まあとにかく、俺とヒーナは魔物が来ないか見張ってるから、二人で遊んでろ」
「えー? もう、仕方ないですね! じゃあジュネアちゃん、お姉ちゃんと追いかけっこです! レッツゴー!! バビューーーン!!!」
「ちょっ……」
ミーナはミサイルのように遥か彼方へと走り去っていった。いや速い速い。大人げ無さすぎるだろ。ろくに言葉も喋れないはずの子どもが素で「ちょっ……」って言ったぞ。
こうして俺とヒーナは二人残された。そういやこいつ、あの子が来たくらいから全然喋ってないな。何してんだ?
左を見ると、ヒーナがしゃがみこみ、頭を抱えて悶え苦しんでいる。
「ちょっ……おいどうしたヒーナ? まさか魔物からの襲撃を受けて……!?」
「ううっ………」
震えているヒーナの顔を覗く。その顔は真っ赤だった。そして耳を澄ますと、何かをブツブツ言っているようだった。不審に思った俺は更に耳を近付けた。消え入りそうな声で、ヒーナは言った。
「かわいい……かわいすぎるよ……あんなの……」
…………ぬ?




