第五十三睡 漾瑩姫
そのあと俺は部屋にレイジネスを取りに行き、クトゥルフ姉妹と共に城を出た。パッと見は子供みたいとはいえ、同年代の女の子二人と一緒に行動するなんて、ちょっと緊張する。
……いや、見栄張った。すごく緊張する。
「おいチキン野郎。ボーッとすんな。あーしらはこれから魔物退治に行くんだぞ? 気ぃしっかり持て」
「へいへい、分かってるよ」
相も変わらず噎せ返るような人混みの中を、三人で掻き分け進む。そこでキツい口調で注意を施してきたヒーナに、後ろから二人にダラダラとついていく俺は気だるそうに返した。
「でもまあ、君ら二人でも魔物さんたちを全滅させることなんてお茶の子さいさいなんだろ? 俺がいる意味ないっつーか……ぶっちゃけ俺はおまけ的な立ち位置でいいっつーか……」
「そんなことないですよぉ! マリア様も言ってたでしょ? あなたはミーナたちと同じくらい強いんですから、同じくらい多くの魔物さんをバッタバッタと薙ぎ倒すんです!! 元気マンマンが一番ですよ!」
ユウカク王は“おじさん”呼ばわりでマリアさんは“様”付け……凄まじいな、本当に。
つか、この二人の仲は結局どうなのだろうか。いきなり求婚するくらいに姉のミーナは妹のヒーナを溺愛しているし、それに対してキツい返しをしているヒーナも、こうしてミーナと行動を共にするのには何らの嫌悪感も抱いていないように見える。この二人は昔からこうなのだろうか。だとしたら良いんだけど、なんか違和感があるんだよなぁ……。
「うおっ」
双子の背中を見て考え事をしていたあまり不注意だった俺は、突如何かにぶつかってしまう。ふわっといい匂いが漂ってきた。
「すまねぇ、大丈夫か?」
俺は直ちに謝罪の言葉を述べながら、相手の顔を見た。それは俺と同じ高さにあった。
この世界に来てから、美女へのエンカウント率が急激に上がった。性格には一癖も二癖もある奴ばかりだが。
俺が見た人物も、その一人だった。
雲の無き空のような、汚れの無き海のような、背中くらいまで伸びた爽やかな青い髪。俺を見据えるのは、そんな空を、海を、丸い二つの塊に凝縮したかのような、青い青い瞳。どこか知的さを感じさせる整った顔立ちは、ピクリとも動かず俺の方を向いている。感情のない機械みたいだ。どうしよう、怒ってるのかな。ちゃんと謝ったのに……。
冷たい視線に耐えられなくなった俺の目は、自然と下の方に滑っていった。すると目に入ったのは、水色と青で彩られた鎧だった。
周りにも鎧を付けている人はたくさんいる。だが、彼女が身につけているそれは、武具に疎い俺でも、ただの鎧ではないことがはっきりと分かった。どんな槍でも貫くことが出来ないのではないか、と思わせるほど精巧かつ頑丈そうな作りで、手入れもちゃんとなされているのがよく分かる、美しい輝きを放っている。顔が俺と同じくらいと、これまた女性にしてはかなりの高身長。騎士の人だろうか? 町中100人アンケートで俺と彼女が並んで“守ってもらいたいのはどっち?”という質問があったとき、100人全員が選びそうな逞しさだ。自分を卑下することで他人を褒めるのは切ないな。
そんなこんなで相手の姿を隈無く観察してみながら返答を待っていても、一言も喋ってくれない。そのくせどこかに行くでもなく、俺の方をひたすらに見てくる。なに、金でも払えっての? そりゃそんな高そうな鎧に俺みたいなグータラウイルスが接触したらムカつくのは分かるけど……って誰がグータラウイルスやねーん。あっはっはっはっはっはあ。
おっ、そうか。俺みたいな奴にタメ口を使われたのが解せなかったのか。それならそうと早く言ってくれたら良かったのに。困ったガールだな。
「あの……すんません。ちょっとよそ見してて……大丈夫っすか?」
俺はすぐさま敬語にチェンジし、再度謝罪する。その時、女性は髪をかきあげて、俺の横を通りすぎた。
「……問題ないわ。私の方こそ不注意だったから」
見た目通りの綺麗な声が耳に入った時、俺はすぐに後ろを見たが、彼女はすでに人の波に呑まれてしまったようで、その姿をもう一度見ることは叶わなかった。
「なんだったんだよ……あの女……」
「おいチキン野郎! 何してんだよテメエ!!」
俺が小首を傾げていると、後ろからヒーナの怒声が聞こえた。見ると、凄い剣幕で俺を睨んでいる。
「何って……青髪の女の人にぶつかった」
「それは見てた! テメエ、ちゃんと謝ったんだろうな!?」
ヒーナの様子がおかしい。
「謝ったよ、二回も。それよりどうしたんだよ? ここは王都。人にぶつかることなんてよくあることだろ?」
「あの人は特別なんだよ! いいか、テメエは知らねぇと思うけどな、あの人はここいらじゃ知らねぇ奴はいない、最強の女騎士ポラリス! その他の追随を許さない強さと美しさ、そしてあの青い髪から“漾瑩姫”と呼び慕われている、当世最強と謳われている人だ! 魔王を倒し、世界を救うのはあの人だと、民衆の間では専らの噂なんだよ! 戦はもちろん無敗! あの青色の鎧に傷を付けられるような奴は早々いねぇ!」
こういう情報って普通、酒屋とかでガタイのいい男から聞くもんじゃないのか?
にしてもそんな凄い人が……つかそんなん、昨日来た俺が知ってるわきゃないじゃないっすか。
“最強の女騎士ポラリス”ねぇ……ん?
「あの人、強いんだよな? 魔王を倒して世界を救うことを期待されてるぐらいに」
「ったりめぇだろ! テメエとは天と地ほどの差がある! 断言する!」
「じゃあさ、何で俺、アイリお嬢様にこの世界に、勇者として連れてこられたの? そんな強い人がいるなら、世界大丈夫じゃね?」
「あーしが知るかよ、本人に聞けよ」
あああああ、完全にやる気なくなったわー。もともとゼロだったやる気が更に失われたわー。もうやる気の借金状態だわー。世界を救えるのは俺しかいないとかだったら、まだ何とかモチベーションを維持することができたかもだけど、“漾瑩姫”来ちゃったもの。“漾瑩姫”様がいりゃあ、こんなヘッポコ勇者、いる価値ないもの。
「だいっじょうぶです! 勇者さんには勇者さんの良さがあります! 例えば……………髪の毛が癖っ毛なところ、とか?」
「俺の良さを俺に確認しちゃダメだろ。てかそもそも良さじゃないだろそれ」
「テメエら、ゴチャゴチャ抜かしてんな! さっさと行くぞ!」
一気にやる気をなくした俺の足取りは、先程よりも一段と重くなった。
“漾瑩姫”ポラリス……。ここらで有名ってことは、また会えるだろうか? 次会ったらもう一回、ちゃんと謝ろう。




