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第四十七睡 新たなる出会い

 意識があるのが分かった。俺が「意識がある」ということを意識できているのが、その証明だった。


 ずいぶんと長い間、意識(ソイツ)は俺の元へ帰ってこなかった気がする。


 そもそもスピンオフでもないのに、こんなにも主人公が出ない物語なんて、今まであっただろうか。いくら無気力主人公とはいえ、語りまでサボってて良いのだろうか……おっと、寝起きのせいでわけの分からないことを考えてしまったな。


 ここは死後の世界、なのか?


 確認するべきなのだろうが、瞼が重くて開けられない。



 なんていうか…………眠いな。




「目覚めなさい、勇者よ」




 なんか聞こえたな。俺の一番嫌いな命令形が聞こえたな。


 しっとりとした女の声。俺の凍てついた心を優しく温めてくれるかのような母性に満ち溢れたボイスに、俺の心は安らいだ。


 安らい……



「……目覚めなさい、勇者よ」



 はっ、思わず寝るところだった。すかさず二発目が聞こえてきた。やっぱ落ち着くなぁ。なに、声優さん? いい声すぎるんだけど。ヘッドホンで聴きたいな。でもセリフの内容は嫌だな。変えてくれないかな。“眠りなさい、人間よ”の方がいいな。そうしたら心地よく眠りにつけるのに。


 眠りに……


「え、あの……目覚めなさい……勇者よ」


 あーもう、またそれかよ。目覚めたくないっての。この人、声はいいのに心は狭いのな。俺のリクエスト全然聞いてくれない。もういいや、ほっといて寝よ。


「ちょ……もしもーし? 目覚めなさーい、勇者よー?」


 おーおー、なんか言うとるわ。言っとけ言っとけ。


「あの、目覚………め………」


 何だい、もう心が折れたってのかい。駄目だねぇ最近の若者は。そんなんで俺の安眠を妨害しようなんて一万年と二千年はや




「目覚めろって言ってんでしょうが寝てんじゃないわよ腐れハゲ野郎がああああああ!!!」


「まりおねっと……!」




 どうやら俺は完全なるストンピングを決められたらしい。腹がもう俺の豊富なボキャブラリーを使って表現するなら凄い痛くて尚且つ痛すぎて死ぬほど痛い。なに、どうなってんのこれ?


「ごげええええ……な、何しやがる……」


 俺は腹を両手で抑えて、うつ伏せでうずくまる。が、横から強引な力が加わりコロンと仰向けに寝かされ、両手もどかされる。そして代わりにストンと何かが腹の上に乗っかった。


「何しやがる、じゃないわよ! 何であの状況で寝ようと思えるのよ! ワッケわかんない! こっちが下手(したて)に出て控え目に起こしてやったら調子に乗って! そりゃ怒るに決まってるじゃない!!」


 怒鳴り声がすぐ近くから聞こえてくる。


「だからってやり過ぎだろ……殺す気か……!」


「あら“殺す気か”ですって? ジョークのつもり? とりあえず目、開けてみなさいよ」


「くそっ……何だってんだよ……」


 俺は抉じ開けるように重い瞼を持ち上げた。擬音をつけるとしたら“ギィィィ……”って感じで、まるで古い館の扉を開けるかのような力が必要とされた。



「はぁ~い、気分はどうかしら、死人(しびと)? 目を開けたらこんな息が止まりそうな美人がお腹の上に座って、あんたを見つめてくれているのよ? 最高のシチュエーションでしょ?」


「だ……だな。乗ってるのが人の腹に容赦なく飛び乗る乱暴女じゃなけりゃ、マジで天国だったかもな」


 いつも通り、たっぷりと毒を含ませて憎まれ口を叩く。だが俺は今、本当に息の音が止まりそうになっている。それは先程の腹への衝撃のせい……ではなく、今の状況、視界に映っている女に対してだった。


 美しすぎるのだ。


 金色の長い髪も、色白の肌も、言動に反して“慈愛”を彷彿とさせるような優しく温かい瞳も、細くくっきりとした綺麗なラインを描く体も、何もかも。


 その女性から、俺は目が離せなかった。正直、今まで見てきたどんな女と比べても、その美貌はずば抜けていた。もはや可視化状態になっていると言っても過言ではない大人の色気のオーラに、心臓の高鳴りが止まらない。


「あら、どうしたのよ、急に大人しくなっちゃって? もしかしなくても……」


 女性はそのまま体を前傾させ、俺の耳元まで顔を近付けると、


「見惚れてたの?」


「ぐっ…………」


 あの透き通るような声で囁いた。零距離で食らっちまった俺の脳内に、そのセリフが何度も何度も響き渡る。顔が、あの妖艶な顔が凄い近くになる。全身が熱くて焼けるようだ……。


「……ウブな子ね。この程度で喋れなくなるなんて。さっきまでの威勢はどうしたのよ? ほらほら、乱暴女に乗られても天国じゃないんでしょ~?」


「ぬあ……やめ……!」


 女性は俺に覆い被さったまま、巧みに体を動かしてきた。すべすべとした肌が俺の体を滑っていく。彼女の吐息が耳元で聞こえる。身動きの取れない俺は、ただ情けない声を出して弄ばれるしかなかった。何だこれ何だよこれ何なんだよこれ、胸はブッキーほどじゃないけど、あのブッキーよりやることが大胆な分、興奮がえげつないぞ……。このままじゃ理性が持たん……!


「さてと! 私のおかげで充分に緩和されたみたいね……自らが死んだことへのショックは」


「……!」


 俺は我に返った。同時に女性は俺から離れ、俺の手を引いて体を起こしてくれた。辺りを見渡す。真っ白だ。どこもかしこも。まるで雲の上みたいな……。


「あら、察しが良いじゃない。あんたさっき“マジで天国だったかもな”とか言ってたけど、見て分かる通り、ここはマジで天国よ。私は大天使テスティニア。ようこそ、私の天国(くに)へ。歓迎するわよ、死人」



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