第四十六睡 やったね杏菜ちゃん、家族が増えるよ!
「それで、あなたたちは本当に、ほんとおおおに、信頼していい方々なんですね?」
わたしは念を押すように聞きました。
「勿論ッス、天使ッスから! だからしばらくオレたちを家に泊めてくださいッス!!」
「跳躍力!! 話が発展しすぎでしょ! 嫌ですよそんなの! 早く帰ってください! お父さんとお母さんが帰ってきちゃうでしょ!!」
「残念、もう帰ってきてま~す!」
「ただいま、マイドーター! いい子にしてたか!?」
「ぎゃああああああ!! お、お、お母さん!? お父さん!?」
突然ドアをガチャリと開けてアクロバティックに部屋に入り、クソダサいポーズを決めたのは、紛れもなくわたしをこの世に産み落とした二人組でした。
「ふ、二人とも、今帰ってきたんですか!? もしかして、話の内容とか……」
顔から火が出るような思いでした。
「大丈夫よ杏菜~! “もう一回言ってみろ……!! 天使ってことは、アイリさんの仲間だろ!? 勝手にそっちの事情でお兄ちゃんを連れていっておいて“最初から期待はしてなかった”!? ふざけるな!! お兄ちゃんを………お兄ちゃんを返せ!!!”からしか録音できなかったから~!」
「聞かれちゃマズいセリフ選手権の王者!! 録音すんなよ娘の憤怒を!!」
「そこの天使くんの悪役演技も見事だったな!! ただ、ちょっとネタバレが早かったんじゃないか? あまり展開に流れが感じられなくて、見ている側としては少し違和感があったな! あそこで怒り狂って槍をブン回していた杏菜に間接技を極めて動きを封じ込めるぐらいした方が視覚的インパクトは強かったと思うぞ!」
「的確なアドバイス!! てか娘が怒り狂って槍ブン回してたら止めに来いよ!!」
恥ずかしさとバツの悪さで、わたしのツッコミはいつにも増して乱暴な口調になりました。
今の会話からお察しいただけるでしょう。こういう言い方は失礼にあたるかもしれませんが……わたしの両親は超がつくほどのポンコツです。
母の十諸 朋美。色々な人からわたしの姉だと間違われるほど若いです。性格は若いを通り越して子どもです。奇跡的なドジを次々に繰り返す天然で、基本的にはだらしない笑みを常に浮かべています。わたし自身、この人は本当に母親なのだろうか、と真面目に考えてしまうことが多々あります。
父の十諸 美朋。戦国武将みたいな名前ですが、こちらもスーパー天然。仕事先では真面目なサラリーマンですが、わたしやお母さんと一緒の時はこのようにハイテンションなオヤジに変身します。
とまあ、二人とも一癖も二癖もある両親なので、わたしは毎日大変なのです。
「ちょっと杏菜、聞いてよ~! 今お買い物に行ったら、大変な事があってね~!」
話の内容と不釣り合いなぽわぽわとした言い方で、お母さんはわたしにタタタと歩み寄ってきました。どうせ大根が安かったとかそんな……ん? まさか、リルさんが記憶を消しそびれたとか……
「ロマネスコの妖精に会ったのよ~! “僕を買ってよ~!”って言ってたわ~!」
越えてきた。わたしの予想も、わたしがお母さんに対して抱いている危機感も、軽々越えてきた。なんですかロマネスコの妖精って。もっと可愛い形した野菜いくらでもあったでしょ。あんなボコボコした野菜が“僕を買ってよ”だなんて、ただのホラーですよ。
「おおっ! また見たのか母さん! これでしばらくは幸せなことが起こると考えて間違いないな!」
初めてじゃないんかい。つかご利益ないでしょロマネスコの妖精に。
「母さんが幸せなら、俺も幸せだからな!」
「あらヤダ皆の前で恥ずかしいわ~! ありがとうお父さ~ん! 愛してるわよ~!」
「俺も愛してるぞ、母さん!」
ああ、あと一つだけ。両親はバカップルです。例えどこだろうが誰がいようが、イチャイチャをやめません。名前も“朋美”と“美朋”で相性バッチリとか言ってるし。今だってずっと抱き合ってるし。ああ、恥ずかしい恥ずかしい。穴があったら埋めたいこの人たち。
「それより杏菜、ずっと気になってたんだけど……この人たちはだれなのかしら~?」
普通はまずそこに目が行くと思うんですけどね。こんな見るからに目立つ客人を差し置いてまでロマネスコの妖精の話をしたかったんですかこの人は。
「正直、ここまで空気になるとは思わなかったッスけど……初めまして、お父さん、お母さん! 天使のヤヨ=サザシードスと申しまッス! この度は異世界から娘さんをお守りするためにやってきた次第ッス! つきましては、しばらくオレたちをこの家に泊めてほしいんス!」
「ルイネ=ティララというです……同じく天使です……お、大人しくするですので、どうかよろしくお願いしますです……!」
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「美味しい、二人とも~?」
「はいです、とってもとっても美味です……涙が出そうです……!」
「ほんと、とっても美味しいッス! お母さん、料理お上手ッスね! あっ、お父さん、コップが空ッスよ! ささっ!」
「おとととと……! ありがとうヤヨ君! いやあ、君たちは本当に良い子だな!」
「嬉しいわ~! おかわりたくさんあるからね~! ヤヨくんとルイネちゃんは、今日から家族なんだから~!」
「はいッス! いやあ、お母さんの料理は世界一ッスね! おまけにそんなにお綺麗で……こりゃお父さんが惚れるのも分かるッスね!」
「なははははは!! だろだろ!? ようし、せっかくだから、俺と母さんとの馴れ初めの話でも聞くかぁ!?」
「もうっ、お父さんったら~! あらヤヨくん、ご飯なくなりそうじゃな~い? もっと食べる~?」
「そんじゃ、両方とも遠慮なくいただくッス!」
「温もってんじゃねえええええぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
わたしは食事が並んでいるテーブルを豪快にひっくり返しました。
「いや~ん」
「“いや~ん”じゃないですよ!! バカなんですか! バカでしょ本当に!! なにをマッハで受け入れてるんですか!? なにが“●”ですか! そんなんで騙されるわけないでしょ!! 少しは不審がってくださいよ! 天使ですよ!? 異世界から来たんですよ!? 普通もっと不思議に思うでしょ! なんでこんな理想的な食卓を築けるんですか!!」
「杏菜さん、落ち着いてくださいッス……」
「あなたもあなたで少しは疑ってくださいよ、ヤヨさん! こんなにあっさり受け入れられて、おかしいと思わないんですか!? なにが“そんじゃ、両方とも遠慮なくいただくッス!”ですか! ユーモア溢れる受け答えして……好かれる気マンマンじゃないですか!!」
わたしの興奮は頂点に達しました。顔の筋がピクピクと動いています。頭に血が昇ってぶっ倒れそうになります。ところが、四人のわたしの見る目はただただ“意外性”を表していました。
「おかしいとは……思わないッスよ。ね、ルイネ?」
「ですです……」
「杏菜、あなた日曜日にまで部活があったから、疲れてるんじゃないの~?」
「だな。後片付けはやっておくから、今日はもう寝た方が良いぞ」
およ?
もしかして、もしかすると、もしかしたら。
この家では………わたしが“異端児”なんですか?
それでこのボケカルテットが今日からわたしの平穏な生活をかき乱してくる?
これから毎日、ずっと?
そ、そんなの……
「いやああああああああああああ!!! あ……う……!」
力一杯叫ぶと、血圧が限界に達したのか目眩が襲い、わたしは自らがひっくり返したテーブルのようにバタンと倒れ込んでしまいました。
その拍子に、ポケットの中からコロンと小石が転がり出てきました。グラウンドでの戦闘で入ったのでしょう。わたしはそれを見て自嘲気味に呟きました。
「どこがラッキーアイテムなんですか……こんちきしょう」




