第四十四睡 甘い理想、苦い現実
話し始めようとするヤヨさんに、わたしたち全員が注目しました。
「そいじゃ本題ッス。まずはその槍の話からっすね。それはテスティニア様の自慢の槍“按槍オラシオン”っていうんス」
「按槍……オラシオン……」
わたしは槍をチラリと見て、すぐにヤヨさんに視線を戻しました。
「そッス。能力はアナタがさっき見た通りッス。使用者が何かを強く祈れば祈るほど、それに応じて絶大な威力を発揮するんス。その強さの度合いは槍の光り具合で分かるッス。祈りの強さに応じて、槍が発する光は強くなるッス。特にさっきのアナタのように“お友達を助けたい”や“家族を護りたい”などの祈りは、槍の力を極めて増長させる代表例ッスね。たとえ使用者に戦闘の経験がなくとも、誰かを護りたいという力が使用者自身の身体能力を向上させ、体が望む通りに動くようになるんス。アナタには、お似合いの武器だと思うッスよ」
ヤヨさんの説明を聞きながら、わたしは自分の槍を見つめました。確かにわたしにピッタリな武器のような気がしますけど、使い方を誤ったら危ないんじゃ……。
「……魔王はいずれ、あなたのいるこの世界も我が物にしようと目論んでいる立場ッス。さっきのリルさんも魔王の命でここに来たんでしょう。旅行で例えるなら、準備で忙しい魔王の代わりに旅行先がどんなもんか、下見に来たみたいな感じッス。それに気付いたテスティニア様が、急いで俺とルイネを向かわせた訳なんスけど……なんとか間に合って良かったッス!」
だから何で旅行で例えるんですか。天使は皆さん思考が似通ってるんでしょうか……。
「つーかさ、さっきからイマイチ現実味に欠ける話をされてて置いてけぼり食らってるんだけど……そんなファンタジーな話をいきなり受け入れろってのか?」
頭がこんがらがっている様な苦々しい顔をして、漢ちゃんは言いました。
「別に無理に受け入れろとは言わないッスよ。でも、アナタは街の人たちと違って記憶が残ってるでしょ? ただの人間が人を石化できるッスか? 翼を生やして空を飛べるッスか? 傷だらけのアナタの顔を一瞬で元に戻せるッスか? アナタの見てきた全てが、今アナタが否定しようとしている物事を決定付ける、動かぬ証拠となっているんス。受け入れざるを得ないッスよね?」
「チッ……」
漢ちゃんは納得のいかなさそうな顔で口をつぐみました。
「待った。魔王がこの世界を我が物にする? 一体どういうことですか?」
事情を知らない俊くんが抑揚のない言い方で尋ねました。
「あれぇ、杏菜さん、話してないんスか? 今魔王は、自分の世界とこの世界の二つを滅ぼそうとしてるんス。詳しい話はまあ、後で杏菜さんがしてあげてください。おおかたは理解できていると思うんで」
「話してないんスか」って、そんなの、恥ずかしくて話せるわけないじゃないですか……。いきなり魔王だの何だの、頭がおかしい子だと思われることが目に見えてます。ただそれは、まさかこっちには被害は来ないだろうという慢心の上に成り立った羞恥心であったため、ヤヨさんの言う通り、こうなった以上は漢ちゃんと俊くんにもしっかりと話しておかなくちゃ、ですね。お兄ちゃんのことも、アイリさんのことも。この世界のことも。
「なんかゴチャゴチャ言っててわかんねぇけどよ……杏菜はその按槍なんちゃらを使ってクソサキュバスを追っ払ったんだろ? 四天王の一人がただの人間に負けて尻尾巻いて逃げ帰るようじゃ、敵も大したことないんじゃねぇのか?」
漢ちゃんらしい話のぶったぎり方。でも確かに、魔王の配下であるリルさんと、わたしでさえあんなに戦えたんですからね。下手すりゃプロレスラーを魔王城に突入させるだけで全滅も狙えるんじゃないですか?
「そのことなんスけどねぇ……いや、これを言っていいのやら……」
「あんだよ? 言いたいことがあんならハッキリ言えや!!」
「ひゃうっ!!」
ヤヨさんが眉を下げ、口をもごもごさせています。痺れを切らすのが早すぎた漢ちゃんは、机をドシンと叩いてヤヨさんにプレッシャーを振りかけます。壊れる壊れる。ルイネさんは座った姿勢のままで椅子から50㎝くらい浮きました。可愛い。
ヤヨさんは息を吐き出して、全員の顔を見ました。
「リルさんのようなゴバーネイダー……すなわち上級の魔物は、その絶大な攻撃力から、本格的な戦闘時以外は力を意図的に、大幅に制限してるんス。そうでもしないと体から溢れ出る強大な魔力で、下級魔物であるベスチャや人間なんかの魔力を持たない生物は、それに耐えきれず、近寄っただけで死んでしまうんスよ」
「なんだそれ? そんなクソ面倒なことしなくても、その制限とやらをとっとと解除して、手っ取り早くこっちの世界を滅亡させちまった方が、魔王の野郎にとっても都合がいいだろうが。どっちにせよ二つの世界を手にかけるつもりなんだろ?」
今日の漢ちゃんはなかなかに鋭いです。いつもは面倒がって最後まで話を聞こうともしないのに……。やはり、自らが経験した出来事に少なからず危機感を覚えているようです。
「普通はそうなんスけどね。魔王ってのは用意周到かつ注意深いお方なんスよ。おそらく奴さん、オレたち天使の存在にも気付いてるッス。自分の配下を向かわせれば、オレたちが接触するってのも予想済みでしょう。言った通り、リルさんはただの下見役。自分の準備も終えてない状態で、オレたちを下手に刺激するような、無駄な戦闘や被害を出すのを避けさせるのは当然ッス」
「一つ質問。その制限とやらが解除された時、上級の魔物の力ってのは、どれくらい強まるものなんですか?」
俊くんが挙手をしました。ヤヨさんは再び言いにくそうにしましたが、また漢ちゃんにせかされるのを恐れてか、すぐに口を開きました。
「まぁ、個体によって差はあるッスけど、跳ね上がる力はだいたい―――」
わたしはヤヨさんの口元を見つめ、その答えを待ちました。それは驚くべきものでした。
「30倍ッス」
わたしたち三人は揃いも揃って絶句しました。町をほぼ壊滅状態に追い込んだリルさんの、あの強さが……本来の力の30分の1……?
「厳しいことを言うようッスけどね。杏菜さんのような人間がオラシオンを使ったところで、本来の上級魔物の力には、到底敵わないんスよ。それはあくまでも“この世界で”戦うための武器。今後いつこの町に魔物が現れるかも分からないので、護身用にお渡ししただけなんス。オレやルイネがいるとはいえ、武器があるに越したことはないので。なんにせよ、今のアナタ方は、敵を、状況を……現実を、甘く見すぎなんスよ。世界の危機を、ちいとばかし軽視しすぎてるんじゃないッスか?」
ヤヨさんの一言一言が、わたしの上にのしかかり、どんどんと重みを増していきます。それは漢ちゃんと俊くんも同じなようで、場の空気が一気に険悪になります。
「今日はもう遅いッス。幹切さんと神林さんは、もう帰った方がいいッス。お家の方々、心配するでしょうし。よかったら、お送りしましょうか?」
「いや、お構いなく。俺が幹切送っていくんで。なんかよく分からないんですけど、おっしゃる通り、そんな悠長に話している時間でもないですしね。後で杏菜に説明してもらえるんなら、お言葉に甘えて今日は失礼します。帰ってワールドカップ観たいんで」
マイペースにも程があるでしょ俊くん。
「ちょっと! アタシはまだ……!」
「いいから行くぞ。俺たちがこれ以上ここに居たって仕方ねぇだろ。邪魔したな杏菜。今日のことは、またゆっくり、な」
腑に落ちていない漢ちゃんをズリズリと引きずって、俊くんは部屋を出ていきました。今日のこと……事情説明のことでしょうか? それとも……。




