第四十三睡 同族だもの
「それで、どういうことなんですか?」
さっきまでわたしが横になっていたソファには漢ちゃんを寝かせ、残る全員はテーブルを囲んで座っている状態です。一応礼儀なので、人数分のお茶だけ用意しました。
改めて、わたしは俊くん以外のお二人をジッと見つめます。
男性の方は濃い紫色のウルフカットで、180は余裕で越えてそうな長身に細身の、しかし筋肉のしっかりついた逞しい体つきを持っています。顔は……うん、普通にカッコいいです。正直口調からして頭悪そうなチャラ男のイメージしか抱いてなかったんですが、落ち着いて顔を見たらなんかこう、母性を持っておられそうな優しげなお顔です。オッドアイになっていて、右目が青紫、左目が赤色です。何か秘密があるのか、単なるお洒落なのか。深くは詮索しないでおきます。
そして女の子、この子にはもう本当に参ります。だってずっと可愛いんですもん。黄緑色のおかっぱヘアーに宝石のように輝く円らな瞳。そして150㎝あるかないかくらいの小柄で華奢な体は、絶えず何かに怯えるようにぷるぷると震えています。違和感を隠せない敬語も、彼女の愛らしさをより際立たせています。
そんなお二人に共通すること。それは服装と装飾品でした。いや、装飾品って言っていいのかは分かりませんが。正直、わたしは最初に会ったときからずっと突っ込みたくて仕方がありませんでした。
お二人はローブを纏っていました。男性の方は真っ黒、女の子の方は真っ白と、色の違いはあるものの、構造はまったく同じでした。まるで、美術の時間に描かされた天使のような……。そんなことを考えながらわたしは、お二人の頭上を見ました。
そこには種族の象徴ともいえる環状の薄い光……光輪が思いっきり浮かんでいました。
「ど、どういうことって言われても困るです……」
「名乗ればいいってことッスか? じゃあいくッスよ、ルイネ。オレたちは……せーのっ」
「「天使」」
「違う!! その格好で天使以外だったら逆に驚きですよ!! わたしが言ってるのは、何で天使が二人もここにいるというカオスな状況に、今現在陥ってしまっているのかということです!」
わたしは机をバンバン叩きながら言いました。気分はさながら取り調べの刑事です。
「何でって……アナタが来いって言ったんじゃないッスか」
それに対して男性は表情筋一つ変えずに即答しました。
「そうじゃなくて! あなたたち天使が、今どうしてわたしの目の前にいるのか! どうしてわたしの所に来たのか!! それを聞いてるんですよ!」
「いや、だからさっきから言ってるじゃないッスか。アナタのお兄さんが異世界で魔物との戦闘を起こした影響で、どういうワケかこっちの世界にも魔物が溢れ出るようになってきたから、大天使テスティニア様が妹のアナタにも危険が及ぶんじゃないかってことで、最も信頼の置ける天使であるオレ達二人をアナタの護衛に向かわせたって」
「初耳!! 何でそんな“何回言わせんだよお前”みたいな口調で説明できるんですか! 誰ですか大天使テスティニア様って! 120%重要人物ですよね!? そんな流し気味に出していいんですか!?」
どうやらこの男性は少し面倒くさがり屋さんみたいです。天使ってこんな方ばっかりなんですか?
「ていうかあなた、天使なのにその羽根の色はおかしいでしょ! 黒って……まるでリルさんと同じ種族みたいじゃないですか!」
「オレの名前はヤヨというッス。ヤヨ=サザシードスなんで、まぁ適当に呼んでくださいッス」
「タイミング!! どのタイミングで自己紹介してるんですか!! 人の話ちゃんと聞いてくださいよ!! あなたは本当に天使なんですか!? そんな格好で天使とか言われても信じられませんよ!」
わたしは喉を痛めそうな声で男性……ヤヨさんに叫びます。
「うるさいッスね……アナタがサイドアップだから悪いんでしょ」
「既視感!! なんですか、どいつもこいつも!! 天使はサイドアップになんか恨みでもあるんですか!!」
「落ち着けよ杏菜。そっちの女の子がビビって泣きそうになってるから」
「あ……」
わたしは俊くんになだめられ、女の子の方を見ました。目の前に口を全開にしたライオンがいるかのような真っ青な顔で、携帯のバイブ機能のように微動しています。ヒートアップしすぎたことを悔いたわたしはすかさず立ち上がって彼女に近寄り、
「あの、ごめんなさい! わたし、悪いお姉ちゃんじゃありませんよぉ……あなたのお名前は何ですかぁ……?」
両手をあげて危険がないことをアピールします。そして極力やんわりとした口調で相手とのコミュニケーションを図ります。
「ルイネ……ルイネ=ティララです……よ、よろしくです……」
「ルイネさんですか! こちらこそ、宜しくお願いしますね!」
名前を聞けて一安心。やっぱりこの子、可愛すぎです……。名前まで可愛いなんて反則です。
「にしても、先に相手に名乗らせるなんて、なかなかに不躾なお嬢さんッスね」
「あっ……すみません! リルさんに名乗った時に、ヤヨさんとルイネさんもいらっしゃったので、もう紹介していた気になっていました! わたしは十諸 杏菜と申します! 中学二年生です! 改めて、助けていただいてありがとうございました!」
突っ込みまくっていたわたしはヤヨさんの一言で我に返り、早口で自己紹介をして、お二人に深々と頭を下げました。
「おんやぁ……ほんの冗談のつもりだったんスけど、こりゃご丁寧にどうもッス」
「俺は神林 俊風。そっちで寝転がってる貧乳ヤンキーは幹切 漢乃。命が惜しいならあんまり近寄らない方がいいですよ」
「だーから、アタシは幹切だって何べん言わせんだゴラアッ!! あと誰が貧乳ヤンキーだ―――ってあれ? ここって杏菜の家……?」
俊くんに勝手に紹介された途端、漢ちゃんは勢いよくソファから飛び起きました。条件反射で気絶状態から目覚めるほど、読み間違いが嫌なんですね……。かくいうわたしも、意識を取り戻した漢ちゃんに、反射的に飛び付き、ぎゅっと抱き締めていました。
「漢ちゃんっ! 良かった……本当に良かった……ぐす……」
漢ちゃんの温もりを感じ、わたしの頬を幾筋もの涙が伝いました。
「杏菜……あははっ、まぁた泣いてんのかアンタ! あれからどうなったのか、状況は全然分かんないけどさ、またアンタに心配かけちゃったみたいだな……悪ぃ」
「うっ……ううん、いいんです! 漢ちゃんが無事なら、それで……」
漢ちゃんはさっきみたいに、わたしの頭を優しく撫でてくれました。
しばらくすると、漢ちゃんはわたしから離れてソファから立ち上がり、天使さん二人とバッチリ目が合うなり、ギンと鋭い眼光を二人にかましました。
「何だテメエら!! さっきの腐れサキュバス女と仲間かよ!? 上等だ、かかってこいや!!」
「ちょ、ちょっと漢ちゃん! この方たちがわたしたちを助けてくれたんですよ! ヤヨさんが貸してくださった槍でリルさんを追い払うことができて、漢ちゃんの顔の傷はルイネさんが治してくださったんですよ!」
わたしは今にも暴走しそうな漢ちゃんをなだめつつ、お二人を紹介しました。ヤヨさんは苦笑いとともに頭をポリポリと掻き、ルイネさんはこの世の終わりみたいな顔で漢ちゃんを見て涙目になっています。可愛い。まぁ、ルイネさんはともかく、ヤヨさんは服装真っ黒ですからね。どちらかというと悪魔に見える人を初対面で味方だと認識するのは無理があるのも分からなくはないですけど……。
漢ちゃんはそれを聞くとすぐに肩の力を抜きました。
「なんだよ、そんならそうと言えっての! 一人で突っ走っちゃってバカみたいだろうがアタシ! あぁ……とにかく、アタシの友達を助けてくれて、その……ありがとよ」
面と向かって人に礼を言うことなんて殆どない漢ちゃんが、恥ずかしそうではありましたがヤヨさんとルイネさんにしっかりと感謝の言葉を述べます。ヤヨさんも意外だったのか手を横にブンブンと振って、
「いえいえ! オレもルイネもお役に立てたようで嬉しいッスよ! ただ一つ訂正させていただくなら……あなたを助けたのはオレたちでなく、杏菜さんの“祈り”の力ッスよ」
「“祈り”の力……?」
わたしは壁に立て掛けておいた槍を手に取り見つめました。どこからどう見ても、ただの鉄製の槍にしか……。
「ほんじゃ、そのことも含めてそろそろ本題に入るッスかね」
ヤヨさんは机に両肘を置き、両手を組んで話をする姿勢に入りました。




