第三十七睡 平穏に差す影
日差しが気持ちいい朝。なんだか足取りが軽い気がします。きっと、早速占いの効果が出たんですね! 住宅街をのびのびと歩くわたしは、いきなりポンと肩を叩かれました。
「おはよ、杏菜! 相変わらず明るいオーラ全開だな!」
「漢ちゃん! おはようございます!」
幼稚園からの幼馴染みの幹切 漢乃ちゃんです。ボーイッシュでサバサバとした性格で、女子テニス部の副部長さんをしてくれています。わたしが生徒会の仕事で忙しかったりしたら、代わりに部をグイグイと引っ張ってくれます。ちょっぴり口調は乱暴ですが、昔から言いたいことをハッキリ言えないわたしの背中を後押ししてくれる、とってもいい友達です。喧嘩もめっぽう強くて、一部では姉御と呼ばれている始末。そんなこんなで、わたしの憧れであり大親友なのです! あと、わたしは基本全員に敬語です。今のところ例外はいません。
「その顔は、なんか良いことあったんじゃない? まっ、おおかた占いが1位だったとか、そんなとこっしょ?」
「えっ! 凄いです漢ちゃん! 何で分かったんですか!?」
図星のわたしは漢ちゃんに飛び付くように質問します。
「お、落ち着けって。アンタの顔にそう書いてあるよ。アンタ頭はいいけどバカみたいに純粋で頼りないからさ。アタシも不安なんだよ、アンタが詐欺に引っ掛かったりしないかとか、悪い奴等に誘拐されないかとか」
「そ、そんなことないですよ! わたしだって、もう漢ちゃんを護れるくらいには大人になったんですから!」
わたしは立ち止まって、漢ちゃんに言い放ちます。しかし漢ちゃんはスマホをいじりながらこちらを見向きもしません。黒髪のボーイッシュな短髪が、風で僅かに揺れました。キリッとした顔は、わたしの話に全く関心を示していないような、あっけらかんとした様子で画面の方を見続けています。
「へいへい、そりゃよーござんしたね。心配しなくても、アンタはアタシが護るからさ。なんか困ったことあったらいつでも言ってくれな。ほら、早く行くよ」
「漢ちゃん……もうっ!」
駄目だ、やっぱりまだ漢ちゃんには勝てる気がしません。ずっとわたしを支えてきてくれた漢ちゃんに、どうにかして恩返しがしたいんですが……。
「人ん家の前で百合百合してんじゃねーよ、十諸と貧乳バカ女」
「あっ、し、俊くん! ごめんなさい、あとおはようございます!!」
こちらも、わたしたちの幼馴染みの神林 俊風くん。小さな頃からこの三人で行動することが多く“二股の俊”と異名をつけられてしまった可哀想な男の子。こんな風に何故か皆からは俊と呼ばれることが多いので、わたしも彼のことは俊くんと呼んでいます!
こちらも口は悪く、漢ちゃんといつももめてばっかりで、わたしもその二人の言い合いを見るのが楽しかったり。俊くんはサッカー部のキャプテンをしておりモテモテなのですが、告白してきた女の子には“告白動機”や“学歴”など、まるで面接のように質問攻めを行い、相手が何か一つでも問いに詰まったら直ちに振るという、変わった対応をします。その難攻不落さから、いつしか彼に告白する人は“勇者”と呼ばれるようになりました。
まぁ、実際はとっても優しくて、面白くて、カッコよくて……なんて。
「おいこらボケ俊! 貧乳バカ女ってアタシの事か!! 知ってんだぜ、アンタが自分の名前の俊風を“しゅんぷう”って読まれるのが死ぬほど嫌だってこと! 落語家みたいだしな!」
「それはお前も一緒だろ、幹切ちゃん? 男らしい名前と名字をお持ちで羨ましい限りだね」
「ムッカ~~!」
今どきそんな怒り方する人いるんだ。
今の会話からもお分かりいただける通り、漢ちゃんも自分の名前を“みききり”と呼ばれるのが大ッ嫌いなんです。何でかは分かりませんが。ついでに胸のことも気にしてますが、デリカシーを知らないドSの俊くんは、お構いなしにそこを攻撃します。早速始まった“熱VS冷”の言い争いを、今日もわたしは温かい目で見守るのでした。俊くんの方がいつも一枚上手なんですけどね。
ちょっと羨ましいな。俊くんとこんな風に、自分を包み隠さず言い争うことができるって。
学校に着きました。ここでサッカー部の俊くんとは一回お別れして、わたしは漢ちゃんと共にテニス部の部室に向かいます。
「おはようございます、十諸部長! 幹切副部長!」
「あ、はい! お、おはようございます!」
着替え終わったわたしは、駆け寄ってきた元気な後輩にたじたじに挨拶をしてしまいます。部長なんだから、もっとしっかりしないとですね。わたしの中学校のテニス部は、ここら一帯では強豪校です! 部員も多く競争も激しい中で部長をやらせていただいている。そんな重いプレッシャーに、わたしは振り回され続けているのです。
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「どしたよ杏菜、ボーッとしちゃってさ! ボケ俊への恋患いか?」
「痛っ……ち、違いますよ!」
練習中、心ここにあらずな状態になっていたわたしの背中を、漢ちゃんが勢いよく叩きました。怒っているのではなく、彼女なりのコミュニケーションらしいですが、いかんせん力の強い子なのでダメージが凄いです……。
「おーおー、真っ赤なお顔は正直だな! アイツ、口悪いし無愛想だけど結構モテるからさ! 早くしねぇと奪われるかも……」
「う、うるさいですね! そんなの分かってますよ! だから、その、もうそろそろ告白しようかなって……」
わたしは何を口走ってるんでしょうか。隣にいる漢ちゃんがニマニマと笑っているのが、見ずとも分かります。
「ほっほーう……そっか! まぁ応援するよ!アンタ、アホみたいにハイスペックだから、きっとボケ俊もオーケーしてくれるっしょ! でもさ、例えくっついたとしても、アタシを仲間外れにだけはしないでくれな!」
「しませんよ! ほら、部長と副部長が練習中に私語してたら示しがつきませんよ! 集中集中!」
「へいへい、まったく可愛いな、杏菜は!」
結局わたしは、その日ほとんど練習に身が入りませんでした。
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「ふーん、あれが魔王様が言ってた子かぁ……。あははっ、ボクの標的、みーつけた」




