第三十三睡 1/10000
研究室を後にした俺は、廊下に出て1つ、大きな伸びをした。
「なんだったんだ、あの女」
ブッキー……クレナ=ミカラヴォルナ。彼女はまだ、俺に重要なことを隠している気がしてならない。まあ、教えてくれないということは、聞いても無駄なのだろう。なら、グイグイ踏み入るのではなく、教えてくれるまで気長に待つのが一番だ。
シンと静まり返った廊下を進む。ここを曲がれば俺の部屋……
「あれ?」
デジャブ。行きはタラ子に教えてもらった通りにスムーズに来られたのに、帰りになって道筋が分からなくなってしまった。研究室に戻ろうにも、その道も見失ってしまう。
「タラ子も寝ちまっただろうし、今度こそ闇雲に……ん?」
ふと壁を見ると、何かが付着していた。白く、極度に小さな粒状のもの。我ながらよく気付いたもんだ。
それは米粒だった。何故こんなものが壁に付いているのか、答えは簡単だった。
偶然にも俺は、昼間と同じルートに迷い込んでしまったらしい。あの時もこうして広い迷路をさ迷っていると、タラ子が壁にもたれかかって、「こっちは物置部屋だ」って……。そういえばあいつ、俺の名前を聞いたときに、おにぎりを豪快に吹き出したんだった。たぶんその時に何やかやあってスカートに付いちまったのが、もたれかかったときにこの壁に移ったんだろう。どんだけ長いこと付けてたんだよ、恥ずかしいなおい。もっと早く言ってやればよかった。もしみんなに笑われてたらさすがに気の毒だな。
「物置小屋、か……」
俺の足は自然に口に出した方へ進んでいた。少し進むと、南京錠がついた扉が右手に現れた。
確かタラ子のやつ、あの時も南京錠がどうこう言ってたな。ナンバーは自分しか知らない、とか。俺は南京錠に手をかけた。
「こういうの見ると一回は挑戦したくなっちまうんだよな。暇潰しには丁度いいし。番号は四桁か……」
しばらく考える。無駄な時間が流れる。豆知識を1つ言っておこう。生き甲斐であるゲームやアニメを全て奪われたゲーマーアニオタである俺は、畳の目の数を数えたり天井のシミで面白い形を見付けたりなどのクソゲーにも嬉々として挑んでしまうものなのである。昔、杏菜が部屋の掃除ついでに俺の娯楽グッズを全て破棄してしまったとき、俺はショックのあまり外で一日中アリの行列を眺めて過ごしていたことがあるのである。これがゲーマーアニオタの末路なのであるのであるのである。
「とう(10)もろ(6)こ(5)し(4)……じゃ五桁になんのか。じゃあ全部かけて……“1200”でいいや」
カチャリ、と音がした。
「え、嘘、開いたの? 嘘でしょ?」
狐につままれた気分だった。あくまで悪ふざけのつもりだった。一回適当にいじったら、すぐに部屋に戻る。そんないい加減な気持ちで開けた南京錠は、扉から離れて今、俺の手の中にある。
「こ……こうなったのも何かの縁、だよな。きっとこの部屋は、俺に見てほしいものがあるに違いない。だから開けてくれたんだ」
声は震えていた。タラ子しかナンバーを知らないということは、あいつが隠している“何か”が、この部屋の中にあるってことだ。俺はあいつのことを何も分かっちゃいない。少しぐらいなら、あいつの秘密に踏み込んでも罰は当たらないだろう。
俺は生唾を飲み込み、そっと扉に手をかけた。




