第三十一睡 積極的接近
「んで、具体的な研究の成果とやらは、もう出たのか?」
途端、ブッキーは両手を腰に当てて、得意気にふんと威張った。
「ご覧の通り、この服は私が独力で作ったものだ! 君たちの普段着は、おおよそこのような物なのだろう? なかなかの自信作だ! 凄いだろう? 凄いと思わないかい? 凄いと言ってくれ! さあさあっ!」
ヤダこの人凄いグイグイ来る。比喩的にじゃなくて、実際に俺はどんどんとブッキーに距離を詰められ、あっという間に壁際に追いやられてしまった。ブッキーのキラキラとした瞳が目と鼻の先にある。寄り目にならない程度の距離でお互いに見つめ合う。柑橘系の、思わずふらつきそうになるほどの芳香が漂ってくる。胸板には彼女の爆乳がこれでもかと押し付けられている。おまけに少しでも顔を前に出そうものなら、すぐにでも彼女の薄く瑞々しい唇と俺の唇がくっついてしまいそうだ。両肩はがっしりと掴まれ、身動きが取れない。視界いっぱいには、俺に服装を褒めてほしくて期待の表情でその反応を待つ美女。何だこれ、天国か?
だが誘惑に屈してはならない。とりあえずこの場を切り抜けるんだ。ブッキーは何も“俺に褒めてほしい”わけじゃない。ただただ“褒めてほしい”だけなんだ。だとすると俺の言うべきことは1つ。
「あ、いや、まあ………可愛いんじゃ、ないかな」
これで満足か、と俺は正面を向く。するとそこには満面の笑みを浮かべるブッキーがいた。
「ほっ……本当かい!? ありがとうっ!」
「ちょっ……苦……」
ブッキーの両手は俺の肩から背中に移動した。そして彼女はお礼の言葉と共に、俺を力一杯に抱き締めた。温かく柔らかい体が全身に押し付けられる。
「今までは皆に見せても“そんな変な服、よく着られるな”みたいなことばかり言われてきたから、可愛いなんて言ってもらえてとっても嬉しいよ! やはり私は間違ってなかった! 本当にありがとう!」
「うごおおおおおお………」
恥ずかしさの赤と息苦しさの青がバランスよく混ざり合い、俺の顔は綺麗な紫色になっているだろう。俺の呻き声が聞こえたからか、ブッキーは体を離してくれた。
「おっと、ごめんよ! 私としたことが、少し興奮しすぎてしまったようだ! まあとにかく、私はこれらの本を使って、君たちが着ている服や食べているものなどを研究して、それを実際に作ったりしているのだよ! 凄いだろう?」
嘘を言っているようではない。それに、現に彼女は俺之目に非常に馴染み深い衣服を身に纏っている。その研究材料である本を自分が書いたという記憶が、彼女には全くないというのは気になるところだが。
「んじゃあさ、マンガとかゲームも知ってるのか?」
「まんが……げーむ……あぁ、もちろんさ! どちらも人間に楽しみや安らぎを与える娯楽の一種だね! マンガは事象の簡略化および抽象化が特徴とされる、現時性と線上性を兼ね備えた絵の集合体を指し、ゲームとは、基本的に二人以上のプレイヤーがルールに基づいて競争を行い勝敗を決するものと定義付けられているが、君の言っているテレビゲームのように、コンピューターとやらを相手に見立てて行うことができるシステムを導入した装置も増えているらしいね! 両方ともバッチリ本に記載されていたよ!」
ブッキーの話を聞きながら、俺は何らかの“違和感”を抱いていた。
「……この世界には、まだそういったもんは普及してないんだよな?」
「当然だよ。既存の物をわざわざ書き留めるほどのガッツは持ち合わせていないさ。私は君の世界だけで精一杯なのだよ」
「そう、だよな」
じゃあ、何で………。




