第二十九睡 ブック大好きブッキーちゃん
不気味研究者の一言に、俺はしばらく硬直していた。
「おや、初めて私の言うことに何らかのリアクションを示してくれたね。ようやく私に興味を持ってもらえたと考えていいのかな? だとしたら私も嬉しい限り……」
「あんた、何で俺の世界のこと、研究できるんだよ?」
俺は彼女のセリフに食い気味で尋ねた。
「何で、とは?」
彼女は流し目で俺の方を見て尋ねた。口角が上がっている。
「いや、だってさ、この世界の色んな人たちの反応を見ている限り、別世界からこの世界にやってきた人物は、俺が初めてのはずだろ? だったら、あんたには俺の世界のことを研究する時間なんてなかったはずだ。俺が来てから研究を始めたとでも言うつもりか? それとも、あんたもピューエントを使って俺の世界に来たことがあるクチか?」
不気味研究者は、今度は少し驚いた表情を浮かべた。
「ほう、どうやら君はなかなかに頭の切れる人物のようだ。人間という生き物は結論を急ぐあまり、根拠を蔑ろにして、単なる憶測だけを述べてしまいがちだ。しかし君は違う。意見とともになぜその結論に至ったか、そのしっかりした根拠に基づいて話すことができている。そうすることで論理性と説得力は飛躍的に上昇するからね」
「そいつはどうも。で、どうなんだ?」
軽く首を降る不気味研究者、名付けてブッキー。おっ、いいなこれ。これからブッキーで行こう。本も好きそうだし丁度いいやね。
「言いにくいけれど、今提示していただいた二つの予想は、どちらも的外れだ。だが落胆することはない。なぜなら、その答えとはとても難解かつ曖昧なものだからだ。私ですらもハッキリとした結論を下すことが出来ないほどにね」
「滑稽な話だな。研究者が、自分が今どうして研究できてるかを理解してないなんてよ。なぁブッキー?」
「全くだよ……って、ブッキー? そ、それ、私のことかい?」
ブッキーは少し恥ずかしそうに聞き返した。
「おう、不気味研究者だからブッキーだ。俺コミュ障だから、基本的に他人の名前とか本名で呼べないんだよ。だからこれで呼ばせてくれ」
マリアさんみたいにあからさまに年齢や身分が上の人とか、クトゥルフ姉妹みたいにパット見で年下に見える人は大丈夫だけどな。歳が近い奴への呼び名はアダ名に限る。同年代の女の子を名前で呼べる陽キャ的スペックなどは持ち合わせちゃいないのだ。
「こみゅしょう……ああ、コミュニケーション障害のことだね。普通はアダ名を用いる方が親密に感じられると思うけど……まあ、ならば仕方がない! 特別に私をブッキーと呼ぶことを許可しよう!……って、私は不気味研究者じゃないってば!」
この人、頭いいのか悪いのか分かんないな。とりあえず今の“コミュ障”に対する反応からも、俺たちの世界の言語や文化を研究しているのは本当らしい。




