第二十七睡 人殺しの気分
「ここがあなたのお部屋です。自由に使ってください」
タラ子に案内されたのは「お金持ちのお宅訪問!」とかの番組で出てきそうな、バカみたいに豪華な部屋だった。
さすがにテレビや冷蔵庫なんてものはないけれど、廊下にあるようなシャンデリアに、一人じゃもてあますほど広いベッドなど、ホントに俺みたいな一文なしが使ってもよいのかと問い質したくなるほどの立派な空間が、そこにはあった。視線を横に移すと、洗面所と風呂、そそてトイレまであった。修学旅行で泊まったビジネスホテルの豪華さでも溜め息を漏らしていた俺は、目の前に広がる光景に、逆に息が止まりそうになった。
「なあ、マジで使っていいの? 後で高額な宿泊費を要求したりとか……」
「しませんよ。とりあえずお父さんの言った通り、この城の設備は自由に使ってください。無論、鍵が掛かってる所以外の話ですが。結構あちこちに人がいると思うんで、なんか困ったことがあったら聞いてください。暇だったらそうですね、漫画はないですが、この近くに本がいっぱいある部屋があるので、そこを利用してみてはいかがでしょうか? 廊下に出て右に曲がって真っ直ぐ行ったら見えるはずです。ではあたしも眠いので、これで失礼します。あぁ、あと、あたしの部屋はあなたの隣ですんで、あまり騒がしくしないでくださいね。では」
「あ、ああ……おやすみ」
タラ子は俺を残して部屋を出ていった。扉がパタンとしまった途端、部屋は一気に静寂に包まれた。
「早く寝たいからってそんないっぺんに説明しなくてもいいのにな……大半以上が聞き取れなかった」
俺はまず風呂に入ることにした。そして汗だくの体とチモドキソウの液体がついた足を丹念に洗い流した。タラ子の話通り、赤い液体は全然落ちなかった。この世界に来てすぐに踏んだ時と、タラ子が撒き散らしたのを踏んだ時とで、二度漬けしてるしな。真っ赤な液体が付着した足を必死に洗うって、なんか凄い嫌な絵面だな。
やっとこさ足が綺麗になった俺は風呂から出ると、またさっきまでのジャージを着直した。別にそんなに潔癖症じゃないし、同じ服を何度も着るのは構わない。でもまあ、これから何日も着続けるのはさすがに汚いし、新しい服と、あと靴も欲しいところだな。明日頼んでみよう。
さっぱりした俺はベッドに横になり、目を瞑った。そして一分ほど経って、それを開けた。
「…………寝られねえ」
初めての感覚だった。寝たいはずなのに、不思議なくらいに目が冴えている。平静を装っているつもりでも、興奮状態は冷めていないらしい。
俺は一旦ベッドから起き上がると、窓の方へ移動して、そこから外の景色を見た。とっくに日は沈み、空は真っ暗だったが、王都はまだまだ衰えを見せなかった。それどころか昼間よりも賑わいを増しているような気さえした。建物の明かりが蛍のようにボーッと幻想的な輝きを放っていた。
思えばこの世界に来てから、あまりじっくりと物事を考える暇がなかった。今日は本当に長く濃い一日だった。
俺は今日、初めて戦いというものを経験した。まさに命のやり取り。相手を殺さなければ自分が死ぬ。それが当たり前の世界なんだ。今はタラ子やユウカク王、マリアさんの気遣いで不自由なく暮らせているが、世界を救う冒険となるとそうはいかない。ヒーナの話では、俺らが戦ったサイクロプスさんを遥かに凌ぐ上級魔物……ゴバーネイダーがいるらしい。そいつらともいずれ戦わなければならない。
「ホント、何事も楽にはいかないもんだな」
俺は溜め息混じりにそう呟いた。先は長い。上ばかり見ていたら足元をすくわれる。今はユウカク王の言う通り、異世界の生活に順応していかないとな。
「そういや、本がいっぱいの部屋があるって言ってたな。まだ寝られそうにねぇし、行ってみるか」
俺は手ぶらの状態で部屋を出た。そう、レイジネスを持つことなく、手ぶらで。




