第二十六睡 魔物ヒエラルキー
「よし、これで役者は揃ったのじゃ! では早速、活動報告といこうかの!」
ユウカク王がパンパンと手を叩くと、昼間のクシャミが可愛い二人の屈強な男達が椅子を二つずつ持ってきた。ありがたい、これで寝られる。等間隔に置かれた四つの椅子に、俺とタラ子とクトゥルス姉妹が腰掛ける。
「ではまずはアイリからじゃ!」
ユウカク王に呼ばれたアイリが立ち上がる。
「はい。あたしたちは噂の山菜取りさん行方不明事件を解明するため、目撃証言があった山へと向かいました。そこで女性六名の惨殺死体と、彼女たちを襲った犯人と断定できる中級魔物一匹に遭遇、無事に討伐に完了いたしました。全てはこちらにいらっしゃる、最強の勇者様の絶大な力のおかげにごじゃりまする」
もうええっちゅうねん。俺はタラ子を軽く睨み付けるも、全く動じない。悔しい。
「ふおおおおおお!!! 凄い凄い、凄いです!! 普通こういう異世界ものって雑魚敵を苦労して倒すことから始まるのに、まさかいきなりメダイオを倒してしまうなんて、凄すぎですうっ!!」
ほら、こういう曇りなき心を持ったバカが反応するだろうが。しかし本当はとどめをさしたのがタラ子だなんて今さら言えない。口が裂けても言えない。つか褒め言葉の中に結構メタい内容があったのは気のせいか。
「次はミーナたちの報告だねっ! ミーナとヒーナちゃんは、他にも魔物がいるかどうかを調査するという、愛の逃避行に行ってまいりました!!イェーーイ! ダブルピーーース!!」
「逃避行なら“ただいま”って言って帰ってきちゃ駄目だろ。もうお前今なら声帯だけで勘弁してやるから死ねよ面倒くせぇ。
ええっと、あーしたちはアイリの嬢さんとそこのチキン野郎とは別の山に行って、そこで魔物5匹と遭遇したわけ。まあ、下級魔物だったから歯応えもクソもなかったけどな。とりあえず、最近になって急激に魔物が増え続けてんのは確かだろうな」
「そうかそうか! 確かにベスチャならば、お主らには物足りなかったかもしれぬな! しかし、魔物が増え続けているとは……」
「ちょっと待ってくれよ。メダイオとかベスチャとか、一体なんのことなんだ?」
目の前を飛び交う意味不明な単語に痺れを切らした俺は、その場にいる全員に質問した。驚くことに真っ先に反応したのは姉妹の妹の……ヒーナだった。チキン野郎じゃないんですけどね。
「んなことも知らねぇなんて、マジで異世界の人間なんだな。魔物ってのは、その強さや見た目によって三種類の呼び名があんだよ。
まずは下級魔物の“ベスチャ”。見るからに魔物みてぇな見た目の奴らだ。ケルベロスとかゴブリンとかがそうだな。人間の言葉も話せねーし、一匹あたりの戦闘能力も低い。その上、個体数も一番多いもんだから、群れで行動して鳴き声で合図を出し合う。
次に中級魔物の“メダイオ”だ。これも見た目は魔物よりだが、ベスチャ共の親分みてーな奴で、戦闘能力もそれなりに持ってやがる。てめえが戦ったサイクロプスらが代表格だな。おぼつかないながらも人間の言葉を話すことができるから判別もしやすいはずだ。
そんで最後が上級魔物……“ゴバーネイダー”。こいつが厄介だ。見かけは人間となんら変わらねぇし、言葉だって流暢に話せる。あーしもまだ戦ったことはねーから下手なことは言えないけど、とにかくチートレベルで強ぇってことは間違いねぇはずだ。数はベスチャやメダイオほどじゃねぇけど、そいつらが何百匹、何千匹いたってゴバーネイダー1体にも勝てねぇくらいだと聞いたことがある。世界を魔王の野郎の手から救うんなら、こいつらとの戦闘は避けられねぇだろうな」
俺は生唾を飲み込んだ。勇者になったからには、そんな化物みたいな奴らとも戦わなくちゃいけない。考えただけで手足が震える。
「まぁ、今は先ばかりをみていても仕方ありませんわ。十諸さんも今日はお疲れのはず。もう夜も遅いですし、そろそろお休みになった方がよろしいですわ!」
神か? その気遣い、さすが女王様だ。危うく惚れそうになった。
「ふむ、そうじゃな! そう事を急ぐ必要もあるまい! まずはこの国で異世界の生活に慣れるのが先じゃ! 何もかもに不慣れな状態で冒険に出ても犬死にするだけじゃ! おそらくこれからも近くに魔物が現れることがあるじゃろう! まずはそれらを倒しながら経験を積んでいくのが良かろう! 今日から当分はこの城も自由に使うがよい! もちろん食事も出そうぞ!」
「はい、お気遣い感謝します。えと、ここに泊まってもいいってことっすか?」
「うむ、その通りじゃ! 世界を救いに遠路はるばる来てくれた無一文の勇者を外に放り出すなど、国王の恥となる大問題じゃ! 金銭面についても問題はない! 何か欲しいものがあれば、何なりとアイリに申すがよいぞ!」
無一文の勇者って時点でだいぶ大問題なんですがね。
「まぁ! また家族が一人増えましたわね! これから宜しくお願いしますわ、十諸さん!」
「あ……ありがとうございます」
俺は二人に心から礼を言い、頭を下げた。凄い厚遇されてる。寝床と食事と金銭面の三つの問題が解決した。確かに「まずは寝床と金銭の確保だな」とかやってたら絶対グダるよな。これ以上ストーリー進行が遅かったら、そろそろどっかのお偉いさんに怒られるような気がする。
「良かったですね、勇者さん! それじゃ! ミーナたちはオウチに帰りまーっす!! 勇者さん、また会いましょうね! ヒーナちゃん、今日のご飯何かなぁ?」
「最後の晩餐、楽しんで食えよゴミーナ」
「え、ミーナ死ぬの?」
二人は仲良く……うん、仲良く話しながら出ていった。不思議な姉妹だったな。本気で怒らせたらどっちが怖いんだろ。
「さてと、そいじゃお言葉に甘えて、早速寝かせていただきます。部屋とかどこ使ったらいいっすかね?」
「ぬ? 食事はよいのか?」
王が面食らったかのような顔で聞いてくる。
「えぇ、花より団子とよく言いますが、俺は団子よりレジャーシートなんで。今日はいつもと比べ物にならないくらい動きまくったんで、疲れが限界に達してるんすよ」
「そ、そうか。よく分からぬが……ではアイリよ、案内してやってくれ!」
「了解いたしました。ではこちらに」
タラ子はまた俺の前を歩いて誘導する。少しホッとしている自分が憎たらしく、情けない。
無意識のうちに、俺はタラ子に絶対の信頼を置いてしまっているらしい。こいつの背中が見えなくなる時、それは俺にとって何らかの窮地に立たされた時だろう。昼間のことも考えると、そんな気がする。
下級魔物……“獣”の意味を持つスペイン語「besutia」(ベスティア)から。
中級魔物……“真ん中の”の意味を持つスペイン語「medio」(メディオ)から。
上級魔物……“支配者”の意味を持つスペイン語「governador」(ゴバーナドール)から。




