第二十三睡 ドッキリ!だーいせーいこーう!
「“仕掛け”に……“目的”だと……?」
思考が追い付かない。血まみれの少女と言葉を交わしている、今の自分の状況が分からない。
「では、あなたが最も気になっている部分から解説していきましょうかね。まず、今あたしの頭から流れているのは血ではありませんよ。これですよ、これ」
タラ子は潰れたビニール袋らしきものを取り出した。それは赤い液体でビチャビチャになっており、よく見ると中には何かがギッシリと入っていた。
「チモドキソウ……あなたもここに来てすぐに踏みましたよね?ある程度の衝撃が加わると、まるで血のような液体を大量に噴出する植物です。今あなたの手についているのは、紛れもなくチモドキソウの液体です」
「え………?」
放心状態の俺に構わず、タラ子は淡々と話を進める。
「あたしはあのとき、サイクロプスをわざとあなたの方に飛ばしました。あなたを標的にさせようと思いまして。そしてあたしの思惑通り標的となったあなたを庇う形になったあたしはパンチを受けて吹っ飛びました。言っときますけど、痛みは全くありませんでした。あのとき魔法でサイクロプスの力を相殺していなかったら、さすがに少しは痛かったでしょうがね。そんなこんなで吹っ飛ばされる最中の僅かな時間で、あたしは懐からこの袋を取り出しました。そして木にぶつかる直前に、この袋を後頭部にセッティング。あとはそのまま完璧な受け身をとって木に叩きつけられれば、ダメージゼロの重体の完成です」
つらりつらりとタラ子が明らかにしていく事実に、俺は終始開いた口が塞がらなかった。あの一瞬の間にそんなことをしていたなんて、少しも分からなかった。それに、まさかチモドキソウの伏線をこんなところで回収してくるとは……。
「つかあんた、魔法使えないって……」
「それが虚言の部分です。見ていただいた通り、魔導書などなくても魔法めっちゃ使えます。サンダーストームとかバンバン撃てます」
どんどんと肩の力が抜けていくのがはっきり分かった。俺はその場にペタリと座り込んだ。
「なあ……何でそんなに面倒くさい演技とか嘘を、あの状況で使ったんだ?チャチャッと強力な魔法を撃って倒しちまう方が、横着者のあんたの性格にはよく似合ってると思うんだけど」
少なくとも俺ならそうしていた。タラ子の狙いが何なのか、それだけが気になった。タラ子は「お前マジか?」とでも言いたげだった。
「では次に“目的”の話ですね。何故あたしがあの局面で、あなたに山に行こうと言ったのか。答えは1つです。全てはあなたを勇者にするため。これに尽きるのです」
血の気が引く思いだった。
「まさか、あんた……マリアさんがレイジネスを持って来ることを分かってて自分がやられる演技をすることで、俺が戦わざるを得ない状況を作り上げたってのか?そんで山菜採り行方不明事件の原因を究明・解決しようと俺を利用した、とでも言うわけ?」
タラ子は今度は少し感心したような顔をして、軽くうなずいた。
「ご名答。元来、あたしは諦めが悪いタチでしてね。一回断られたぐらいで、あなたを勇者にする決心は微塵も鈍らないのです。山菜採りさん達のことはただ事ではないと思ったため、あなたを利用させていただききました。おかげで二つの問題が同時に解決しました。あなたも伝説の剣を使ってしまった以上、後戻りはできません。もうあなたは立派な勇者さんです」
「全部……全部あんたの思い通りに事が運んだってことかよ……」
「もっとも、お母さんには一瞬で気付かれちゃいましたけどね」
どうやら俺は知らず知らずのうちに、まんまとタラ子の掌の上で踊らされてしまったらしい。今ならマリアさんの言葉も全て納得がいく。「してやられた」「回復魔法を使うまでもない」と言っていたが、確かにその通りだった。
「1つだけ、質問していいか?」
「なんなりと」
「もし、だよ? もしもあの時……そう、あんたが演技でサイクロプスさんに吹っ飛ばされた時だ。絶望した俺が、怖くて自分だけ逃げ出しちまうような最低最悪のチキン野郎だったら、あんたはどうするつもりだったんだ?」
さすがのタラ子も下を向いて少しの間考える。しかし、それは本当に少しの間で、すぐにまた俺の方を真っ直ぐに向いた。
「まあ、どう考えてもそれだけは絶対に有り得ないと思ってましたから」
「何でだ?俺は自他共に認める運動音痴の腐れボッチ無気力男。あそこで尻尾を巻いて逃げ出す可能性も充分にあったはずだ。にもかかわらず、あんたがそう思った根拠はなんだ?是非ともお聞かせ願いたいもんだね」
俺の精一杯の自虐を織り混ぜた質問にも、タラ子は顔色を一つも変えずに口を開いた。
「根拠もなにも、あなた言ってたじゃないですか。“他人に借りとか作るの大っ嫌いだから、それだけは何があっても絶対にしない”って。そんなあなたが、自分を庇って瀕死の重傷を負った者を見捨て、一人でグータラ生活だなんて、出来るわけありませんよね?」
言い返す言葉もなかった。チェックメイトだ。
「はぁ……負けたよ。あんた凄ぇな。そんだけ綿密に計画されちゃあ打つ手なしだ。分かったよ、勇者でも何でもやってやるよ。気だるく世界、救ってやるよ。あんたには命を救われるなんていう、この世で最も返すのが面倒くさい“借り”が出来ちまったからな。出来る限り返済できるように努力する。そして最後に1つ……俺は“お前”が嫌いかもしれない」
「奇遇ですね。あたしはあなたのこと、結構好きですよ。改めて、これからよろしくお願いしますね……“勇者さん”?」
「けっ……悪徳高利貸しが」
タラ子は座り込んでいる俺の背中にピョンと飛び乗った。女の子に好きと言われるのも、こんな風に密着するのも、初めての経験だ。からかわれてるだけだろうけど。
「じゃあ帰りましょうか。疲れたのでおぶってくださいますか? ありがとうございます」
「なんも言ってませんけど。どうせ駄目って言っても降りねぇんだろ、ったく……」
結局俺は傷一つないタラ子を背中に乗せて城まで歩くことになった。こういうのをコツコツ続けることが清算に繋がるのだろうか。やれやれ、落ちこぼれ勇者とグータラ天使とは、随分なコンビが出来上がっちまったもんだ。




