第二十一睡 逃走イベントは突然に
「すごいですわ……メダイオを一瞬で……!」
マリアさんは驚きを隠せない様子で俺を見る。
「あ……ありがとうございます! 本当に助かりました!!」
「あ、いや……無事で良かったっす」
山菜採りの女性はただひたすらに俺に頭を下げ続けている。状況が落ち着いてコミュ障が復活した俺は、相手の目を見ずに答えた。
「そうだ、タラ子……タラ子は……?」
俺はマリアさんにフラフラと駆け寄った。マリアさんはそんな俺を見てクスッと笑った。
「全く、本当にしてやられましたわね。私も、十諸さんも。せっかく私の回復魔法で治そうと思いましたのに……」
「え? な、何を言ってるんすか?だって、こんなに血まみれで……」
タラ子を抱えるマリアさんの純白ドレスの腹の部分も、タラ子の頭から流れる血で赤く染まっていた。
マリアさんは再び、理解が追い付いていない俺にタラ子を手渡した。そして山菜採りの女性の方を見て、
「さっ、アイリのことは十諸さんにお任せして、私たちも山を降りましょうか! 十諸さん、アイリをよろしくお願いいたしますわ! お城まで運んできてくださいな!」
「え、ちょっと、待……どういうことですか……!?あっ、あの、本当にありがとうございました! 今度ちゃんとしたお礼を……!」
マリアさんは、俺と同じく理解に苦しんでいる山菜採りの女性を引っ張って、スタスタと木々の中に消えていった。いったい何を考えてるんだ、マリアさんは? 娘がこんなになってるのに、あんなに楽しそうに……。
シンと静まり返る森の中に、俺とタラ子は二人、取り残された。俺はタラ子をこのままお姫様だっこして運ぶ体力の余裕はなかったので、おぶることにした。
「やべ、日ぃ暮れそうだ。さっさと降りねぇと……」
タラ子を背負った俺は足場の悪い山道を歩き出した。上を見る。木々のすき間から見えた空はオレンジ色になっていた。さっき自分の世界で見たはずのその色が、妙に懐かしく感じた。どこだって、いつだって、誰に対してだって、時間は平等に進み続けるんだ。当たり前のことだが、ひどく感慨深く思われた。
今日は本当に色々あった。早く眠りにつきたい。
俺は完全に油断していた。
「うおおおおおおおお!!」
体がビクリと飛び跳ねた。後方から聞こえた咆哮に、心臓が激しく暴れ回った。まだ生きてやがる……俺は後ろを向かなかった。代わりに精一杯に走った。タラ子を背負っているために両手が塞がっており、レイジネスを抜くことができない。膂力を振り絞り、必死に逃げる。




