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BON~粒ぞろいたちの無気力あどべんちゃあ~  作者: 箒星 影
一度寝 堕ちてきた天使
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第一睡 宝くじには当たったことないのに

本編開始!まずは現実世界でのお話です!


 誰か俺のやる気を知りませんか?


 ベッドに仰向けで寝そべった俺は、天井に向かってそう問いかけていた。


 言葉に出していないくせに、誰もいないくせに、来ないと分かっているくせに、俺は何故だかその答えを期待していた。当然ながら返答はない。俺の質問は成仏する幽霊のように、口に入れた綿菓子のように、アツアツの鉄板に乗せられた小さな氷の粒のように、すぅっと儚く消えていった。


 梅雨時を過ぎた青空には、我が世の夏が来た、と言わんばかりに、満を持して登場した太陽がドンと居座り、光と熱をガンガン撒き散らしている。初夏とは思えぬ干からびそうな炎天下のもと、それらをモロに受けながら、ひいこらひいこらと今しがた学校から帰宅した俺は、上下ともに灰色で無地という地味すぎるサマースウェットに着替え、ベッドに背中からダイブ。現在に至るのである。さっそく眠気が襲ってきた。


 睡眠は素晴らしい。必要なのは空気のみ。後は横になり、楽な姿勢で肩の力を抜き、目を瞑るだけ。たったこれだけで人はこの上ない幸せを手にすることができる。なんとサイフと労力に優しい三大欲求だろうか。もし明日が地球滅亡の日だとしたら、俺は今日1日中、ひたすらに寝て過ごす。端的に言うと皆より1日早く死ぬ。


 さて、ここら辺で俺のだいたいの人物像は掴めただろうか。怠け者、軟弱者、根暗メガネ……色々な単語が浮かんできたと思う掛けてない。しかし結局のところ、次の一文で俺という人間の全ては語ることができるのではないだろうか。


“俺は人よりもやる気がない”


 そう、極端にやる気がないんだ。やる気がないから何も出来ない。怪我や病気をしにくい体質らしく、学校はほぼ皆勤だ。しかし行ったところで成績は学年の下の中ぐらいだし、運動だって何をやっても皆から悪い意味で目立ってしまう。スタミナ不足に筋力不足に努力不足。これで学問や運動がこなせるわけがない。皆から貼られた“劣等生”のレッテルは、まだまだ剥がせそうにない。おまけに……いや、今はやめておこう。


 だがここで言っておきたい。逆に言うと、やる気があれば俺だって何でもできるんだ。しかし、この考えは賛否両論らしい。「本当は出来る子なのにね~」と母さんは言う。「才能があるだけに勿体ないな」と父さんは言う。「やればできる、なんて負け惜しみに過ぎねぇんだよ! やって充分な結果を出してからそういうこと言えやカス!!」とお隣の鈴木さんは言う。鈴木さん凄い辛口。


 そんなやる気のなさで暮らしていけてるの? と思っている方はご安心を。なんせ俺にはとってもしっかりした妹がいるのだから。俺の三歳下、中学二年生の妹は、兄と違って超絶に万能だ。本来ならゴミ屋敷と化していてもおかしくない俺の部屋も、妹のおかげでいつもピカピカだ。まぁ詳しくは時が来たらお話ししよう。


 まぁそんなこんなで、どんなにロースペックでも嫌われていても構わない。俺には二次元と睡眠さえあればいいんだ。VIVA無気力。今まで俺よりもやる気がない奴を見たことがない。いたら是非とも会ってみたいものだね。


「ノド渇いたな。面倒くさいけど……よっこらせっと」


 両親……は基本的に帰りが遅い。妹も遅くまで部活に打ち込んでいるし、今この家には俺一人だけ。妹にワーキャーと言われることのない、静けさに包まれた素晴らしい時間。俺は台所に向かうためにベッドから起き上がり、電気も点けずに薄暗い部屋を進み、ドア前に到着した。


「はぁ……アニメやマンガなら、空からかわいい女の子が不時着してきて“わたし、魔法少女なんです! いっしょに世界を救いましょう!”とかいうオイシイ展開になるんだけどな。まぁ現実ではそんなのあるわけないよな……なはははははは」


 乾いた笑いを浮かべながらも、その場でしばらく立ち止まる。音沙汰なし。



「……なんだよ。ここは本当に女の子が降ってきてワーってなる王道のパターンだろ。空気読めよ、やれや」



 ボサボサの髪の毛をクシャッとして溜め息をつき、部屋を出るためにドアノブを握った瞬間だった。


「れ?」


 背後からガッシャンと豪快に窓ガラスが割れる音が聞こえた。慌てて振り向こうとした瞬間だった。

 



「とらいぞんっっっ………」




 後頭部に何かとんでもなく固いものが激突し、俺は謎の言葉を発して床にぶっ倒れた。すごい音した。頭にぶつかったのに金属みたいな音した。


「いってぇ……」


 ていうか何もかもが謎だらけなんだけど。とりあえず頭が死ぬほど痛い。割れるくらい痛い。でも割れてはない。ガラスを割るくらいの物体にぶつかって割れてないってことは、俺の頭はガラスより固いってこと? え、それって誇っていいの?


 つかそもそも何とぶつかったの?いきなり降ってくるって……隕石か何か? にしても俺の家、しかも俺の部屋、しかもよりによってピンポイントで俺の頭に落ちてくるとか。隕石にまで嫌われてんの俺? え、それって誇っていいの?


 うずくまった俺はなんとか顔だけを上げた。某の落下の衝撃で周りは煙だらけだ。何も見えない。俺の明るい未来さえも。あ、それはもともと見えないか。てへっ。今殺意が湧いた人は正常です。


 ジンジンと痛む頭をおさえながら立ち上がった俺は、ゆっくり後ろを振り向いた。しかし俺の視界には何もなさそうだったため、視線を下に落とす。すると、つい先ほどの俺のように何かがうずくまりながらプルプルと震えている。




「うごおおお……強烈すぎる痛みですうううう……まるでダイヤモンドか何かにぶつかったかのようなあああああ」




 聞こえてきたのは若い女の声だった。呻き声に混じっているためよく分からないが、どこか親近感が湧く声だ。


「誰の頭がダイヤモンドだ。そんなに美しくねぇよ」


 徐々に煙が晴れていき、その丸まった女の姿が露になっていく。


 煙が完全に晴れた時を見計らったかのように、女はスッと立ち上がった。無様に苦しむ姿を見られたくなくて、やせ我慢するつもりか? なかなかにプライドが高い女だな。ならこっちだって……と、俺はどうにか頭から両手をおさえてその影に正対する。俺の前に姿を現したのは……人間だ。うん、どこからどう見ても人間だ。


 真っ白な肩くらいまでのセミロングヘアーは少し癖っ毛気味だが、それでも充分に艶を残していて、誰も足を踏み入れていない雪のように美しい。それに負けじと肌の色も透き通るような白さだ。身長の低さもあってか、鼻もそこまで高くなく、桜色の唇も小さく薄いなど、顔立ちは多少幼い印象を与えるが、その中にもしっかりとした上品さを兼ね備えており、まるで絵画の中から飛び出してきたかのような、傷ひとつなくついつい見とれてしまうほどに完成された容姿だった。はっきり言ってかなり好みだ。と一番どうでもいい情報を最後に持ってきてみる。


 ただ、気になった箇所が二つある。


 第一にこの女の服装だ。今しがた「どこからどう見ても人間」と言ったばかりだが、まぁ二階にある俺の部屋に窓ガラスを豪快に割って飛び込んできて血一滴流れてないんだから、まずその考えは否定されるべきだろう。そんなの普通の人間じゃ出来ないし、やろうとも思わない。ワイヤーか何かを使ったドッキリかもしれないと考えたが、そんなものはどこにも見当たらないし、仕掛人とターゲットに思いっきり頭をぶつけさせるだけの残酷な内容のドッキリなんて考え付く異常者がいるわけないし、放送してもウケないだろうし、そもそも俺はテレビに出られるほど有名じゃない。だからこの女は人間じゃないと断言してもよいものだが……。


「なんであんた、セーラー服なの?」


「あぁ、これですか? 可愛いでしょ?」


「会話のキャッチボールしろよ、とかコミュ障の俺に言わせないでくれな」


 彼女が着ていたのは紺色の、どこにでもあるようなセーラー服。それが今の状況とどうにもマッチせず、違和感しかない。短めのスカートに白いスニーカー。完全にJKのそれである。ちなみにJKとは女子高生のことであり“ジジイの毛穴”のことではないので要注意。ここセンターに出るよ。いや、つかスニーカー脱げや。それとも、家の中で靴を脱ぐという概念がないのか?


 やや間が空いてしまったが、もう一つ、俺が気になった箇所、それは、彼女の目だ。その目は白髪によく馴染むエメラルド色。思わず吸い込まれそうになる……と思ったが、俺は気付いてしまった。


 濁っている。


 彼女のエメラルドアイは、美しく宝石のような……ものではなく、まるで死んだ魚のようだった。やる気を遠いどこかに忘れてきたような、どよんとした目。よく見るとその下に若干の(くま)がある。表情にもほとんど変化ないし、ほんの少し不気味だ。それでもとんでもない美少女に変わりはないのだが、どこか勿体ない。あと、第一声を聞いた時から薄々気づいてたんだけど、この女……。


「なんなんですか。人の顔をジロジロと見て。訴えますよ。はぁ……にしても眠いですね。明日世界が滅びるとしたら今から眠りたいです。一日早く死ぬことになりますが、ぜんぜん構いません」


 俺と似てる。


 何もかもを投げ出したような目、間延びした言動、そして優先順位の頂点に睡眠を置く姿勢。

 おそらく怠け者たちが集まるオリンピック、ダラリンピックがあったとすれば、俺と彼女で「決勝で会いましょう」展開になっていたに違いない。俺の“無気力王(自称)”の称号を揺るがす強敵かもしれない。これはいっそう気を引き締めて無気力にならなきゃ。大丈夫だ、俺も自分で何を言ってるか分からない。


「あの……ちょっといいですかね」


 少女は言いにくそうに口を開く。


「ん?ああ、窓割ったことと、俺のかけがえのない後頭部を割りかけたことへの土下座?そんなのいいよ。俺そこまでSじゃないから、窓の弁償代(利子はトハチ)を払ってくれさえすれば文句はないからさ。奇跡的に壁や床に穴とかも空いてないし、傷もついてない。特に壊れた家具もない。まぁ見た感じお金とか持ってなさそうだし、こつこつバイトとかして返してくれればい」


「ちょっと眠いんで寝るところ貸してください」


「ぬな?」


 意外な展開すぎて、たった二文字のセリフが裏返る。


「あぁ、あのベッドとかいいですね。じゃあお借りします」


「あの……弁償代は? ていうかまだ山ほど聞きたいことが……」


「また後でです。お休みです」


 少女は俺がさっき使っていたベッドまでトコトコと歩いていき、バフォンと横になると、そのまますうすうと寝息を立てて眠ってしまった。早ぇよ。の○太くんか。


「いや……ちょっと……」


 俺は彼女の傍に近寄った。狸寝入りではなさそうだ。俺の部屋のはずなのに完全に置いてけぼりを食らった。

まだまだ謎が残っている。ていうか謎しかない。少女の名前、素性、目的、服装、全て不明でスッキリしない。


「そういえば俺も帰ってきてから寝てないな……寝てる奴を起こすのはかわいそうだし、話は一眠りしたあとにするかな。もう夜も遅いし」


 夕方5時。俺は台所に行って麦茶を一杯飲むと部屋に戻り、ベッドが使えないため仕方なく床で寝ることにした。


 俺は一週間分の学校の疲れをたっぷり癒そうと、部屋の真ん中にゴロンと横になった。ガラスが割れたため、外からモロに夕日の赤い光が差し込んでくる。危なかった。日中だったら直射日光で顔だけ黒く焼けてたかもしれない。


 どうして見知らぬ人間と同じ部屋で寝なければならないのか。そもそもこの女は人間なのか。割れたガラスの破片の数ほど多い疑問を全て忘れさせてくれるような頼もしい眠気に抱かれて、俺の意識は無意識へ、至高の幸福へと一直線に突き進んでいった。

宝くじの一等に当たる確率は隕石に当たる確率よりかは高いみたいです

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