第十七睡 真っ赤な雪
鈍い音がした。にもかかわらず、痛みは毛程もなかった。殴られた感触すらも。本当に余裕でオーバーキルな痛みを体に叩き込まれた時ってのは、案外こんなものなのだろうか。
でも、素足がしっかりと地面に接している感触がある。あんな激昂したサイクロプスさんの全力パンチなんて食らったら、間違いなく100メートルは吹っ飛んでいてもおかしくないはず。
奇妙に思った俺はゆっくりと目を開いた。
「え……?」
目を疑った。
俺の目の前にいる少女の華奢な体に、大きな拳がめり込んでいた。ほんの一瞬だけ、平時にも増して虚ろになった瞳と目が合った。次の瞬間、それは物凄い速さで吹っ飛んでいった。そしてその体が木に打ち付けられた時、白い頭からバシャッと赤黒い液体が飛び散った。打ち付けられた体はそのままパタリと地面に落ちた。
「タラ………子……?」
消え入りそうな声でその名を呼ぶ。遥か遠くで地に伏している少女の名を。
俺は走り出した。頭の中が真っ白になった感覚を、俺は初めて味わったかもしれない。
駆けつけた場所は、先ほど見たような赤い海だった。俺はそこへ裸足でバシャバシャと踏み入り、その中央に浮かんでいる少女を抱き起こした。頭をダランとさせた少女は人形のようだった。
頭から止めどなく血潮を流す少女は目を開けない。あのエメラルド色の濁った目を、俺に見せてはくれない。
「タラ子……起きろよ、なあ? 冗談よせよ、早く起きろって……」
冗談……そう、冗談だったらどれほど良いだろうか。手が、足が、体全体が震える。目が泳ぎ、焦点が上手く少女に定まらない。何も考えられない。混乱がピークに達した俺は、狂ったように再びその名を叫んだ。
「おい、目ぇ開けろよ………タラ子!!!」




