第百二十一睡 ルールの穴
「やっぱりか。ナマケモノも崇拝する面倒くさがりのお前が参加するだなんてほざくから、もしやと思ったが……」
「ええ。子ども……とりわけ、ダッサイ軍団とか作って意気がりまくってる小バエが大嫌いなんです。外野でならあたしは反撃されることなく、一方的にハエ退治が出来ますからね。復活ルールもないんですからいい物件です」
いくら何でも言い過ぎ&やり過ぎだと思うが。シュウとかいう奴、生きてんのか?
「おーほっほっほ!! ざまあみなさい! そうよ、ここは戦場!“子どもだから何やっても赦される”なんて甘ったれたルールは、アタクシたちに通用しないのよ! 産まれてきたことを後悔させてあげるわ!」
うっわ、大人げねえ奴ばっかりだ。
「姫さん、もっと歳上としての余裕っちゅうもんを……おっと!」
喋っていたポラポラが、外野からのボールをしっかりキャッチ。
「不意打ちに加え、捕りにくい足狙いかいな……えらいひねくれた女の子やな」
「わ~~凄ぉぉぉい! 今のセリカちゃんのボールに反応できるなんて、お姉さん強いんだね~~!」
「当たり前やろ、場数がちゃうわ。さてと……ほらシターニャちゃん、行くで!」
先ほどのシュウのやられ様を見て死人のように顔を真っ青にしてガタガタと振動しているシターニャに、ポラポラがまたしてもユルユルボールを投げた。シターニャは目をキュッと閉じてキャッチ。
さあ、こうなると厄介だぞ。
「おいごら青髪ぃぃ!! アンタそろそろいい加減にしときなさいよおおお!! せっかくクソ王女がいい流れ作ってくれたってのに台無しにしてんじゃないわよ!!」
大噴火。ブス姫はポラポラの胸ぐらを掴んでグワングワンと揺さぶる。いい流れ作ったのに“クソ”呼ばわりか。世知辛いな。
「何でやねん! あない怖がっとる子どもに本気で投げられるか、ボケ!」
「お黙りぃ!! 戦場では恐怖に足がすくんだ者から死んでいくのよ!!」
どこの武将だよ。
「なんやねんそれ!! 子ども相手にそない熱なって……恥ずかしないんか!! 心の狭い姫さんやな!」
「うっさい! とにかくアンタはもっと全りょグヴァッ!!」
隙だらけのブス姫の顔面に、シターニャの投げたボールが勢いよく激突した。あらら、恐怖のあまり力が入っちゃったんだな。いったそー。
「ごっ……ごめんなさい!! 大丈夫ですか!?」
シターニャの言葉にも応答せず、しばらくボールと顔を一体化させて立ち尽くすブス姫。
「お、おお……姫さん、無事かいな……?」
今の今まで言い争っていたポラポラも、つい駆け寄り安否を確認する。
「……ない……」
「え?」
ブス姫の顔からポロリとボールが落ちた。
「ぜったいにゆるさないわよおおおおおおおおおオオオオオオオオ!!!」
二度目の大噴火。地球の裏側まで届きそうな声で、ブス姫は叫んだ。近くにあった木から鳥がバサバサと飛び立った。
「こんのクソガキがあっ!! よくもアタクシの美しい顔にきったねぇボールをブチ当ててくれたわねぇぇぇ!! 殺す! アンタだけは絶対に殺してやる! 首を飛ばされる覚悟は出来てるんでしょうねぇ!?」
「ひっ……ごめんなさい!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!」
一心不乱に謝り続けるシターニャ。ヘドバンみたいになってる。ブス姫にやられるより先に遠心力で首が飛んでいきそうだ。
「罪はその惨めで矮小な命をもって償いなさい!! 往生せいやぁぁぁっ!!」
ブス姫がボールを振りかぶったその時。
ピピーーー!!
と、甲高い笛の音。ブス姫は動きを止める。
「ア……アウトオオオ!!」
シンパンさんが怒りとボールの痕で真っ赤になったブス姫の顔を、勢いよく指差した。
「はあっ!? 何でよ! 顔面はセーフだって……」
「ノンノン、アナタ、ガンメン、アウトネ!」
「ワッケ分かんない! ルール聞いてたの!?」
審判に反抗すんのは良くないんだが、確かに不可解だな。シンパンさんが頑なにブス姫をアウトと言う理由……。
「っ……そうか……!」
「どないしたんや、輿ノ助?」
「 ブス姫、やっぱお前はアウトだ」
「あああん!? アンタまで何よグータラ勇者! アタクシはしっかり顔面に」
「だから……顔面アウトなんだよ」
「なるほど。そういうことですか」
「おんやまあ、こりゃ確かにアウトだべな」
外野のタラ子と俺の隣にいるルシュアさんが同時にポンと手を叩いた。さすが、理解が早い。
「勝手に納得しないでよ!ちゃんと説明して!!」
「んじゃ、ゆっくり言うぞ……“お前はボールが顔面に当たって、顔面アウトだ”」
「あっ……ようやく分かりましたわ。確かにそれならば仕方がありませんわね」
「いやいや、ウチも分かったけど、それってあんまりにも可哀想やろ!」
こうしてブス姫以外の全員が理解し、その中でポラポラ以外の全員が納得した。
「もう一度言う……“お前”は“顔面”が“アウト”なんだよ」
「あ…………」
やっと気付いたか。
もともとブス姫の顔面ってのは通常でもデンジャラスゾーンだ。それがシターニャのボールによっていっそう醜くなってしまい、怒りに我を忘れて更に醜悪さに拍車がかかった。さすがに許容範囲を超えてしまい、審判によって完全に“アウト”と見なされてしまった。そんなとこだろう。
「だからお前は……お前だけは“顔面セーフ”なんかじゃない。“顔面アウト”なんだ。外へ出ろ、ブス姫。後は俺たちに任せとけ。仇は討つさ」
「まっ……待ちなさいよ!!“アウト”のニュアンスが違うわよね!? アタクシの顔の出来のことを言ってるのだとしたら、ルールに適用されないでしょ!?」
「オウ……ゴチャゴチャウルサイデスネ……アナタ、アウト。ソト、デテクダサーイ」
「はっ……離しなさいよ! こんなところで……!! ちくしょおおおお!!」
ブス姫は無念にもアウト。ベテランのシンパンさんに連れていかれた。惜しい奴を失ったな。
まあ仕方ない。“顔面アウト”なんだから。




