第百二十睡 ドッジボールでもフラグって地味に重要
「ボールはそちらに譲ろう!」
ケンが得意気に投げたボールを、ブス姫が受け取った。
「あら、随分と余裕じゃない。ハンデのつもりなの?」
「ハンデ……そうだ、ハンデだ! なんせ、僕たちが負けるはずがないのだからな! 僕たちの一糸乱れぬチームワーク、とくと見るがいい!」
大した自信だこと。
外野は……あのメンヘラ女か。確かセリカっていったな。
意外だな。争いが好きみたいなこと、言ってなかったっけ?
「オウ……デハ、ハジメルデスネ……ゲームスタート!」
シンパンさんがホイッスルを鳴らす。“ゲームスタート”の発音だけ神がかってたな。
ボールはポラポラ。
「よっしゃ、ウチからか……なっ!? 何やねんあれ!?」
ポラポラが驚愕する。
見ると、ゼクス=フェヒターは横一文字に並び、中腰になってこちらを見据えていた。美しい直線だ。
「なるほど、自分が落としても隣同士でフォローできるのに加え、バラつきがなくて相手からしたら狙いを定めにくいってことか」
そういや、ドッジボールの試合を動画で見たことあったな。その時も強豪チームはあんな陣形をとっていたはず……。
「これぞ“一文字の陣”だ! 言ったはずだ、僕たちのチームワークを見せてやる、とな!」
もっとスタイリッシュな名前はなかったものだろうか。ところどころ名付けに手ぇ抜くんだよなゼクス=フェヒター。
「ナンギな子たちやな……ほれっ」
ポラポラが下投げしたボールはフラフラと力無く飛んでいき、脳筋シュウの手の中にすっぽりと収まった。
「ひゃーひゃっひゃっひゃ!!なぁんだあ、そのヘナチョコな投げ方はぁ!? 遅すぎてハリネズミかと思ったぜ!」
ハリネズミはそんなに遅くないんじゃないかな。カタツムリとかにすりゃよかったのに。
「ちょっと、何してんのよアンタ! やる気あんの!? “体動かすの好き”って言ってたからアンタに任せたのにぃっ!!」
「いやだって……いくら勝負とはいえ相手は子どもやし、そらある程度は力抜いたらなアカンやろ」
「なぁに甘ったれたこと言ってんの! お父様とお母様の命がかかっているのよ!? とにかく! 次あんなナメた球投げたら承知しないからね!!」
一球目から仲間割れ始まったんだけど。
「ひゃーひゃっひゃっひゃっひゃ!! 無様だなぁ! チームワークもクソもありゃしねぇ! くたばれ!!」
「おいブス姫……」
俺は狙われたブス姫に声を掛けるも、もうボールは彼女の目前に迫ってきていた。
「ひゃーひゃっひゃ! まずは一人………うおっ!!」
シュウが身をよじって間一髪、前方から飛んできたボールを避けた。一瞬のカウンター。まさかブス姫が……?
「……避けられちまっただな。イキのいいガキンチョだ」
「ルシュアさん……!?」
速すぎて見えなかった。ブス姫の前に移動してボールをキャッチしてシュウに返す。その一つとして、俺の目には捕らえられなかった。
「凄いじゃないっすか、ルシュアさん。達人の域っすよ、今の」
「まあ、これでも姫さんのお守りだかんな」
やっぱり強キャラだったかルシュアさん。そりゃそうだよなルシュアさん。
そしてボールは外野のタラ子の元へ。
「クソ王女! 本気で投げなさいよ!」
「ほいほい、分かってますよーっと。さて……誰から行きましょうかね」
「ひゃーひゃっひゃっひゃ!! こいよ白髪女! テメエ、隣国の王女だろ!? 俺の手にかかりゃ、テメエみたいな非力なお嬢さまの球なんか、片手で受け止めてやれるぜ!」
シュウが言葉通り、外野のタラ子に向けて片手を突き出した。
「……大丈夫ですか、そんなナメプして?」
「ひゃひゃっ!! ビビってんじゃねぇよ! どうせテメエのお仲間も、俺一人でぶっ潰してやるんだからな! ほれほれどうした、怖くて投げられねぇのか、お嬢さま!?」
はいフラグ立った。
「そうですか、では……」
バカだな、あのシュウってやつ。
本当にバカだ。
バカ過ぎて哀れみすら覚える。
アイツには。
タラ子にはな。
「あなたから風穴、開けちゃいますね」
“ガキに手加減”なんて一般常識、備わっちゃいねぇんだよ。
「ぐぼあああああああああぁぁぁぁ!!!」
タラ子の弾丸のような一撃が、シュウの鳩尾に命中し、シュウは断末魔とともに俺たちの横をビュンと通り過ぎ、遥か遠くへと飛ばされていき、そのままそこにあった大木に激突した。
「ア……アウト……!」
シンパンさんの口から出た息が、ホイッスルを力無く鳴らした。
「はい、これで一人。ああ、言っときますけどあたし………子どもがこの世で一番嫌いなんで、そこんとこヨロシクでーす」




