第百十九睡 額に傷があるキャラってたいていガタイいい
「ドッジ・エル・ボールですって……?」
耳に慣れない単語を聞いたブス姫が、ケンの持っているボールを凝視する。
「そう、このボールを相手にぶつけられればゲームは離脱。プレイヤーは領域の外に出なければならない。領域内の人数が先にゼロになった方が敗けだ」
ああ、完全にドッジボールだわ。“エル”が入ってるからルールになんか特徴があんのかと思ったら、完全にドッジボールだわ。つか“エル”だけ英語じゃないし。
あとサンクチュアリは“聖域”だね。
「くっだらない! そんな柔らかいボールをぶつけ合うだなんて無益なこと、どうしてアタクシがしなければならないの!?」
ケンの持つ、それこそ子どもの顔ほどの大きさをした、見るからに無害なボールを指差し、ぶーたれるブス姫。
「断ったら君の両親がどうなるか分かっているのか? それに……」
ザミアの方をチラリと見たケン。
いやはや、もっと殺伐とした“殺し合い”と書いて“ゲーム”と読む、みたいなもんだと思ってたんだがな。
もしかしてこいつら、俺たちと遊んでほしいだけなんじゃ……。
「言っておくが、僕たちは本気だ。けっ……決して遊んでほしいわけではないから、勘違いするなよ!」
うわー、かわゆすー。
「なんや、素直やないなあ……最初から“遊んでほしい”って言うたら遊んだるのに」
「ちがっーーーーう!!」
変わってるな。普通こういう照れ隠しの時のセリフって“ちっがーーーーう!!”なのに。どうやって言ってるんだ。
「いいから外に出ろ! 既にコートは用意してある!」
せめて“領域”で貫き通せよ。思いっきりコートって言っちゃったよ。もうグダグタじゃねぇか色々と。
こうして連れてこられたのは、ブス姫の家の裏の空きスペース。そこには10×10メートルほどの綺麗な正方形が二つ、密接していた。いつの間に書いてたんだこんなの。
「それでは改めてルールを説明する! 内野に入るのは五人ずつ、外野は一人ずつでスタート! 一つのボールを投げ合い、体に少しでも当たればアウト! ただし顔面は特別にセーフだ!」
本当に歯痒いほど普通のドッジボールだ。そんなドヤ顔で説明しなさんなって。俺の世界じゃ大笑いされてるぞ、リーダーさん。せめて“内野”と“外野”のカッコいい言い方ぐらい考えてこいよ。
「あと、外野もボールを投げることはできるが、相手を当てても内野に復活することはできない!」
ほう、それはちょっと変わってるな。一回当たったら終わりか。
「ほな、外野スタートの奴はずっと内野に入られへんってことかいな?」
「そういうことだ! さあ、役割および作戦を考えるがよい!」
なるへそなるへそ、つまり外野スタートが一番楽できるってことだね。いいじゃん、俺向きのナイスなオリジナルルールだ。
こうして一旦ゼクス=フェヒターから離れ、俺たち六人は円になった。
「さてと……んじゃまあ外野は俺が」
「あたしが行きます」
ぐっ……このグータラ天使……。
「いやいや、よせってタラ子、温室育ちのお前には荷が重」
「あ た し が 行 き ま す」
反論を許さぬ完璧な語気の強さとタイミング……こいつ、できる……!
「まあええんちゃう? 男性陣は普通に考えて中やろ。ウチも体動かすん好きやし、中でええよ」
“体動かすの好き”とか、天地ひっくり返っても俺の口から溢れ出ることはないだろうな。さすが陽キャ。
「アタクシも中がいいわ! あのムカつくガキ共の顔面、ぶち抜いてやるんだから!!」
ルール聞いてたのかこいつ?
「お前は大丈夫なのか、ザミア?」
「え……あ、はい。わたくしは問題ありませんわ。ルールも把握しました。お役に立てるように頑張ります」
こいつは俺やタラ子以上に人間に不馴れだ。一応、ちゃんと見張っとかないとな。
「決まりですね。では皆さん、御武運をお祈りしてますよ」
「仕方ねぇな……寝たら承知しねぇから覚悟しとけよ、タラ子」
「分かってますよ。今日は少しばかり、目が冴えてるもんでね。まっ、あたしの好きにやらせてもらいますよ」
タラ子はコートの外へスタスタと歩いていった。
例によって嫌な予感しかしないんだけど。本当に大丈夫か……?
「作戦はどないするんや、腰ノ助?」
「んなもんねぇよ。当たんねぇように各自で工夫しろ」
「んな投げやりな……」
「どうやら決まったようだな! ここで審判の紹介をするぜ!」
そんなバンドメンバーみたいに。
って審判? やけに本格的だな。
「ドッジ続けて四十余年。避けてぶつけてぶつけて避けて。いつしか呼ばれた“避球神”。此度は審判務めます。登場していただきましょう、シンパン=トラウマさんだ!!」
そんな演歌歌手みたいに。
んで名前。この人にだけは審判やらせちゃいかんだろ。“トラウマ”って言ってるじゃん。あとこの国はもれなく通り名がダサいのか。
そうして出てきたのは、子どもが主食です、みたいなガタイの良すぎる強面の黒人男性。二メートルはありそうだ。額に傷が入っており、眼力も刃物のように鋭利だ。“トラウマ”ってそっち? 人にトラウマを植え付ける的な?
「シンパンさん、今日は宜しく頼むよ!」
「アウ……オウ……ヨロ……ヨロピク……」
惜しい、それは死語だ。
言葉もまともに話せないじゃないか。大丈夫かこんな人で。
「さぁ、それでは始めようか! 僕たちゼクス=フェヒターと君たちとの……“ドッジボール”を!!」
おいおいおいおいおいおいおい。今リーダーさん堂々と“ドッジボール”っておいおいおいおいおい。




