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第百十六睡 疲れててもツッコミはしっかりしようね

「う……うう……」


「う……うう……」

 

「う……うう……」


 あちらこちらで倒れていた人たちが目を覚ましたらしい。みんな意識取り戻す声一緒。


 起き上がった人々は、何も覚えていない様子だった。


「記憶……消したのか?」


「ええ……申し訳ありません」


「そうかい、まあ良いんじゃねぇの? 自分が死にそうになった記憶なんか残ってても、邪魔だろうし」


 彼らはぽかんと口を開け、摩可不思議そうにお互いの顔を見つめ合っている。何故自分たちがこんなところに倒れていたのか……それはもう、分かることはないというのに。


「そんじゃそろそろ行くかね。ゆっくりしてる暇もねぇし」


「はあ!? 何よアンタたち、もう出発するわけ!?」


 ブス姫が不満げに口を突き出して言った。


「いやいやいや、問題は解決しただろ。あの平和かつアホそうな顔見ろ。もう二度と内乱なんて馬鹿なこと、しねぇだろうよ……たぶん」


 俺は髪の毛をクリクリといじりながら言った。

 

「ちょっと、適当すぎるでしょ! そんなに上手いこと行くわけ……」




「うおおおおおおおお!! どけどけどけゴラアッ!!」


「ああん!? これは俺のモンだ!! 殺すぞテメエッ!」


「やんのかクソボケ野郎がぁっ!!」




「上手いこと行きなさいよ! 完全に上手いこと行く流れだったじゃないのよ!!」


 止められた時間が動き出したかのように、そこは一瞬にして血なまぐさい戦地に成り代わった。


 ブス姫の言った通りだった。店に並んでいた品物は飛び交い、それを我先にと奪い合う。獲物を同じくすれば拳を交える。女も子どもも関係なし。任侠映画でも見ているような迫力と緊張感だ。


 聞き苦しい怒声が鳴り止まない。ヤンキーだらけの大運動会ならぬ大抗争会といったところか。俺は飛んできた小さな果物を顔だけ動かして避けてみせた。それは俺の真後ろにあった壁にグシャリと激突した。


「なーるほど……俺たちが来る前はこんなことになっていたのか。こいつは酷い。逆にこれを鎮めてみせたザミアには脱帽するべきだな」


「感心してる場合じゃないでしょ!! やっぱり根本的な問題がちっとも解決されてないじゃない! なんとかしなさいよ!」


「心配するなブス姫……ん、お前そんな汁っぽかったっけ?」


「それアンタに避けられて無惨に潰れた果物!! アタクシはこっち!!」


「ぬおおっ……いつの間に。まあいいや、ザミアを仲間にできたなら、面倒事は全部片付いたようなもんさ」


 俺は三文芝居をかましたあとで携帯電話を取り出した。久々の登場。


「ん……何や輿ノ助、その変な青いモンは?」


「ああ、こいつはスマホって言って……まあ、通信手段に使われる無線みたいなもんだよ。色んな機能が搭載されてて、俺のいた世界じゃ大多数が肌身離さず持ってる優れもんだ」


 俺だけがスマホを持っている世界……“スマホ”という物体を、こんなにも大人数に説明する世界。概念自体がないとはいえ、こんな便利なものなしで生活するなんて、俺には無理だ。それこそブッキーあたりがとっくに作ってそうだと思ったんだが、さすがにまだ難しいか。


「その“すまほ”とやらで、何をするつもりなんですの?」


「焦んなって。えっと、確かここら辺に……おっ、あったあった」


 三度ほどホーム画面を横にスライドし、マイクが描かれているアイコンを見付けた俺は、それをチョンとつついてみせた。


「さて……“色んな機能が搭載されてて”と言ったが、その一つにメガホン……いわば、声のデカさを格段に跳ね上げるシステムがある」


「悠長に説明しとる場合ちゃうやろ! 手短に言いや!」


「へいへい……んじゃブス姫、今からこのスマホを使って俺の言った通りの台詞を出来るだけ大声で叫んでくれ。えっとな………」


 失敗が許されない、地味に重要な場面。俺はより“効果的”な台詞を考え、それをブス姫に耳打ちで伝えた。


「……はあっ!? アンタふざけてんの!? そんなんでこの暴動が収まったら苦労しないわよ! 逆にわざと暴れ出す人だって……」


「いねぇよ。いいから、騙されたと思って言ってみろって。絶対止まるし。お前にしか出来ねぇことなんだ。まあ、嫌だってんなら俺らは放っておいて先に進むから、後は勝手に……」


「待って待って! 分かったわよ、言えばいいんでしょ!!」


 ブス姫は俺からスマホを奪い取り、それを自分の口に近付けた。







「今から少しでも暴れた奴、男女構わずアタクシと接吻!!」







荒れ狂う波の中に落とされた、一滴の雫。



その一滴……たった一滴が、もはや収拾不可能に思われていた疾風怒濤をピタリと停止してみせた。




「お前……なかなかやるな……!“果物屋の虎”の名は伊達じゃねぇってか……」


「お前もな……! さすが“八百屋の鬼”の異名を持つだけある……これからは協力して王国を護っていこうぜ!」


「おう!!」


 握る手は自分のものから相手のものへ。お互いを称え、笑顔を見せ、共に戦い抜こうと誓いを立てる。異名ダセェ。



 数秒前の殺伐とした空気は何処へやら、利害の一致により、一人として溢れることなく、まるで家族のように結束したハルス王国の民たち。肩を組み合って歌でも唱えそうな勢いだ。


 作戦大成功。全て俺の筋書き通りだ。


 中学のとき、全校生徒の前であるスピーチをしなければならないと知り、前日になって急いでインストールしたマイクアプリが、まだ残っててよかった。結局、最初の自己紹介でのザワザワが最後まで収まらず、スピーチは全然聴いてもらえなかったけどな。



 さすが現代文明の偉大なる発明品を代表するスマホ様。電波がなくたって、異世界だって、充分に役に立つ。この通り、一つの国を救うのも朝飯前ってわけだ。



「なんだ、やっぱいい国じゃねぇか………じゃあな」


 平和になった街をしかと見届けた俺は、レイジネスを肩に担ぎ、颯爽と去っていくのであった。




「待ちなさいよおおぉぉっ!!!」


 俺の首根っこをガシリと掴み、至近距離の真っ正面から睨み付けてくるブス姫。



「何が“なんだ、やっぱいい国じゃねぇか………じゃあな”よ!! 何なのこの仕打ちは!? 釈然としなさすぎてむしろ釈然としてきたわよ!!」


「何がご不満なのやらサッパリだな。“争い止めろ”って言われて争い止めて文句言われる……釈然としねぇのはこっちだ」


 耐え難い彼女の顔と声をシャットアウトしようと、俺は人差し指を両耳に突っ込んで目をキュッと閉じた。


「止め方に問題があるって言ってんのよ!! 何でアタクシの接吻(美女からの贈り物)が鎮静剤みたいな扱いになるの!?」


「ルビ死ね。いやそれはあいつらに言えよ。魔物襲来に備えて武器や食料を奪う道よりも、お前に唇を奪われない道を選んだんだろ、あいつら全員。良いじゃねぇか、揉め事は収まり、収めたお前は皆から感謝もされる。ウィンウィンだろうが」


「ルビ死ね!? くっ……確かに内乱が収まるに越したことはないけど……」


「だろ? はい、おめでたしおめでたし。じゃあ俺は行くから。達者でな」


「待ちなさいってば!」


 再び地獄絵図が視界一杯に広がる。


「いくら世界の危機だからって急ぎすぎじゃないの? もう少しゆっくりしていけばいいじゃない!」


「そりゃ俺も出来るならそうしたいよ、一生な。でもそういうわけにはいかねぇ。このまま魔物が増え続けたら、俺は安眠と今生の別れを告げねばならない。だからさっさと終わらせたいんだ」


「でも、それじゃアタクシの気が済まないわ! 国を救ってもらった恩があるわけだし!」


「へえ、荒れ地みたいな顔して意外と礼儀正しいんだな、荒れ地」


「初めての褒め言葉なんだから“荒れ地”で挟むのやめなさいよ!! とっ……とにかく! 何かお礼をさせなさい!」


 態度は悪いが国を救ってくれたことに感謝はしてくれているらしい。お礼か……腹は減ってないし金はあるし、欲しい物とかも特にないし……。


「何よ、決められないの? じゃあアタクシが決めてあげるわ! まっ、この場合のお礼って言ったら一つしかないわよね!」


「いや、お前が決めるっておかしくね? まあ、何かいいのが思い付いたんなら任せるけど」


 ブス姫が腰に手を当てて言い放った。考えるのも面倒くさかったので従うことにした。



「そ」



「オボロロロロロロロロ!!」



「うね……アタクシと一日恋人になるというのはどう……ってなに吐いてんのよ! まだ何も言ってなかったのに!」



「悪ぃ……何となく、何となくなんだけど、お前にそう言われる悪い未来が予想できちまったんだ。何の根拠もないけどな……うぷっ……」


(きざ)しで吐くほどの苦しみなの!?」


 また吐いちまった。いやはや、ミュガナッチェの魔法並みにキツいんだが。


 いや……吐く理由が明確に分かっている点では、こっちの方が精神的な苦痛が大きいやもしれん。ブス姫とデート……考えただけで胃が噴火しそうだ。


 ゴバーネイダーより強力な効果を……このブス、侮れない。


「なんか分かんないけど凄く失礼なこと考えてない!? 第一、吐く理由が見当たらないわ! 一日! アタクシと! 恋人に! なれるのよ!? これほど名誉なことはないでしょ!?」


「一生。ゴキブリの。奴隷に。なれる方が。まだ名誉ですね」


 あっ、俺が言おうとしたことをタラ子に。


「一生ゴキブリの奴隷になるよりも不名誉!? ふんっ、横から口を出して来ないで頂戴! アンタには分からないわよ、白髪クソ女! 普通の女とは別次元の美しさを有する、アタクシの魅力が!」


「なにが別次元ですか。美人ランキング、四次元の一個下みたいな顔して」


(ひず)みに惜敗するレベル!? ルッ……ルシュア! なんとか言ってみなさいよ!!」



「ダーメだって姫様。勇者さん、吐いてばっかりで可哀想だべ? 姫様みたいな天使と恋人なんて、そりゃ嬉しすぎて胃の中も踊り出すに決まってるべさ」


 ポラポラも言ってたけど、ルシュアさんって実は凄く悪い人なんじゃないだろうか。ブス姫に対して限定で。


 ワーキャーと騒ぎ立てる皆の会話についていこうとオドオドしているザミアに、俺は気を遣って歩み寄った。


「どうだ、転校生? みんなメチャクチャだけど、いい奴そうだろ? てか、実際いい奴ばっかりだしな」


「ええ……時に、あの方はゴバーネイダーですか? あの邪悪なオーラは……」


「仲間を見付けたと喜んでるなら恐縮だが、ブス姫は人間だ。まあとにかく、こいつらは皆、信用できる。魔王を説得するのにも、きっと力を貸して………」



 あれ?



「ど、どうしましたの?」



 ザミアは、皆に魔王の話をした、よな?



 じゃあ何でアイツが……ミュガナッチェが来ないんだ?



 確か前に来たときは“余計なことを喋りすぎた”ザミアを始末しに来たと言っていたが……。


 そうか、今回はあの時よりも早く決着がついて、早くザミアがその話をしたから。


 ミュガナッチェには聞かれていない……ということでいいのだろうか。



 だとしたら――――。

 

「タラ子、ここから次の町まで、どのくらいかかる?」


「そうですね……レシミラ王国とハルス王国は、だいぶ他国と隔絶されています。次の大国“ウガルザ王国”まではかなりの距離があります。一番近い“ロミーベ”という海岸沿いの町まで、歩いて半日はかかるでしょう」


「そいつは死にてえな。なら決まりだ……ブス姫、さっきのお礼の話だが……」


「なによ、やっと恋人になる決心がついたの?」


「お顔が汚いなおい。さて……俺からの要求は一つだ。ここで一泊させてくれないか?」


「突っ込むなら適切に突っ込みなさいよ!! って、一泊? そんなのでいいの?」



 ミュガナッチェは恐らく、ザミアが俺たちの仲間に加わったことを知り、いずれ俺たちを探しに来るだろう。

 

 今はだいたい昼の三~四時といったところか。今すぐここを出発したとして歩いて半日なら……夜は丸々歩き続けることになる。


 野宿なんかしていたら、それこそ寝込みを襲われて全滅するかもしれない。


 それに、夜にアイツに出くわすのだけはどうしても避けなければならない。


 夜は視界も不明瞭になるし、危険すぎる。


 何よりミュガナッチェはヴァンパイアだ。ただでさえバカみたいに強いってのに、歩き疲れきった所で夜行性の魔物と夜に戦うなんざ愚の骨頂。バッドエンドにしかなるめぇよ。


 前回は見事にこの場所で全滅したから残るのはあまり気乗りはしないが、そういった諸々の事情を踏まえても今出発するよりかは幾分かマシのはずだ。


「今日はここでゆっくり休んで、明日の朝に出発する。皆、それでいいか?」


「構いませんよ。あたしも働き過ぎて疲れましたし……」


「いや、アイリは何もしてへんやんけ……でも確かに、ここで揃えるもん揃えといて、色々と万全にした方がええかもな。半日歩き続けるのにはそれなりの体力を使うし、こっから先は知り合いもいいひん、完全にアウェーなわけやし」



「決まりだな。つーわけだ、ブス姫。四人分の宿、お願いできるかね?」



「ま……まあ、アンタたちがそれでいいならいいわ! ハルス王国の素晴らしさ、たっぷり堪能していきなさい! アタクシとルシュアが色々と接待してあげるから、ありがたく思いなさいよね!」


 これでよし。


 やれやれだ、寝る場所を決めるだけでこんなにも手間がかかるとは……あっちの世界じゃ考えられなかった。


 まっ、本当に眠気が限界に達したら、どこでだって寝られるけどね、俺は。


 雪の中でも、灼熱の中でも。





『あなた、どうしてそんな所で寝てるんですか……? あの……立てますか?』





 たとえ……雨の中でも。



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