第百十五睡 自己紹介のお時間
「ところで貴方、生き返ったとは具体的にどのようにしてですの?」
忘れてた。てかもうええやないの、今の“ザミアの手は温かかった”で終わっとけば。なーんでそこがそんなに気になっちゃうのさ。
「し……死んだと思ったら、どういうわけか次の瞬間には、ある地点まで戻ってきてるんだ。どうやらそのある地点ってのは“俺が死ぬ原因となった場所”らしくてな」
ここが生死の境目。主に前半が笑っちゃうぐらい大嘘でちょっと気が引けるが、またザミアに全エネルギーをプレゼントするのは勘弁だ。テスティニア様………おっといけない、テスティニアにも“エロ”呼ばわりされたことだしな。
「なるほど……それは確かに不思議な現象ですわね。勇者にのみ起こる特別なものなのか、それとも……」
顎に手を当て考え始めるザミア。驚くほどあっさり死を免れた。もう彼女に恐怖する必要はない。あの小さな唇に命を吸われることは、もうないんだ。
「ああ……あのさザミア。俺が生き返れるってこと、外にいる俺の仲間には言わないでもらえる?」
「お伝えしていないんですの? どうして?」
「まあまあ、そこは、な。そうせざるを得ない理由があんのさ」
「はあ……そういうことなら従いますけれど……」
少し不自然だっただろうか。ザミアはモヤモヤオーラを出しながら頷いた。
「んじゃ、外に出るかな。皆にお前のことを紹介したいし」
「え……ええ……」
ザミアは緊張しながら、ゆっくりツタのドームを解体していった。
「あっ……輿ノ助! アンタ一体何を……」
照りつけた太陽の光が眩しく、俺は手の平で両目の上に屋根を作った。
例によって外から打撃を加えてくれていたのであろうポラポラが、額の汗を拭って心配そうに俺を見つめた。ブス姫やルシュアさん、そしてタラ子も近くまで来ていた。
「ポラポラ、皆……聞いてくれ」
俺はザミアの肩に手を回した。
「新しい仲間のザミア=マグレーヌだ。ゴバーネイダーの女の子。仲良くしてやってくれ。はいパチパチパチ……」
転校生を紹介する担任の先生のような口調でザミアをお披露目した俺を見る目は、皆同じようなものだった。トチ狂った者に向けられる視線だった。
「はあああ!? アンタ、自分が何言うとるか分かっとんのか!? ウチらは魔王を倒しに行くんやぞ! 何でその部下の、しかもいっちゃん厄介なゴバーネイダーと手ぇ組まなアカンのじゃ、アホか!」
「あたしもポラポラさんと同じ意見です。魔物……しかも魔王への信仰が最も厚いゴバーネイダーと行動をともにすることに、何の利点がありますか? 知能も能力も発達した魔物、いつ寝首をかかれるか分かったものではありません」
思いの他、冷たい対応の二人。やっぱりダメか。会ったばかりのゴバーネイダーを信じろというのは無理な話だ。俺だってこいつと何度も会っていなければ、間違いなく断っていた。
「だってよ、ザミア……言ってやれ、お前の思いを」
俺は少し下を向いていたザミアに声を掛けた。それを聞き、ザミアはバッと顔を上げ、二人に一歩詰め寄り、ゆっくり頭を下げた。
「初めまして、ザミア=マグレーヌと申します。信じてもらえないかもしれませんが……魔王様は変わってしまわれました。以前は平和を愛するお優しい方でした。それが最近になって急に、人が変わったように“世界を手に入れる”と……。きっと魔王様に、何か悪いものが取り憑いてしまった……わたくしはそう考えております。わたくしは優しい魔王様をお慕い申し上げておりました。魔王様の目を醒ましたい。そのために、非力ながら貴方たちの旅路にご一緒させてほしいのです。どうか……!」
鬼気迫る表情で語るザミアに、お互いの顔を見合わせるポラポラとタラ子。
「ふざけんじゃないわよ! アタクシの国をこんなにしておいて、急に仲間に入れろ!? そんなの許されると思ってんの!?」
「姫様の言う通りだ。おめえさん、それはちいと虫がよすぎるんでねぇか? せめて周りの人たちさ何とかするこたぁ出来やしねぇかね?」
「分かりましたわ」
両手を合わせて目を瞑ったザミア。すると、周囲をうろついていた人たちがバタバタと倒れていく。
「ア、アンタ何しとんねん!? これ……」
「ご心配なく、殺したわけではありません。能力は解除しましたわ。皆様、気を失っているだけで、じきに目覚めることでしょう」
タラ子が近くに倒れていた一人に近付き、手首を握る。
「……確かに、脈は正常に動いています」
「これでいいですか? わたくしは貴方たちとご一緒します。例え魔物をこの手で殺めることになっても。魔王様を救えるのなら、わたくしは何にだって耐えられる覚悟がありますわ」
「でもアンタ、魔物やろ? やっぱ、それはさすがに……」
「まだわたくしのことが信じられないのであれば、貴女のその剣でわたくしの腕を斬り落とし、その覚悟を試していただいても構いません。貴方たちにと見なしていただけるならば、わたくしは甘んじてその刃を受け入れますわ」
ポラポラが腰に装着した剣を指差し、ザミアが言い放った。
「……だあああ!! もうええ、分かったわ! アンタみたいな子どもに腕斬れ言われてハイそうですかと斬るほど鬼ちゃうわ! それに……アンタの気持ちも痛いほど分かった。アンタの言うことがホンマなら……魔王の奴としっかり話つけなアカンしな。ポーラ=ポラリスや。好きに呼びや、ザミア」
「あ……ありがとうございます、ポーラさん……!」
二人の手がガッチリと合わさった瞬間だった。
「ポラポラ……サンキュな」
「何でアンタまで礼言うねん、輿ノ助? ウチは自分が正しいと思ったことをしただけや。ゴバーネイダーが味方についたら戦力も格段に跳ね上がる。アンタらがもし戦闘中に寝くさりでもした時、フォローしてくれる人材も必要やろ?」
冗談めかしく言って俺に微笑むポラポラ。
「じゃあ……」
「かと言って寝ていいわけちゃうぞ、アイリ」
そして期待に弾んだ声を出したタラ子を一蹴した。
「はあ……まあ魔物でも獣でもケダモノでも、どうでもいいですけどね。楽できるなら。自己紹介する流れなんでしておきます。アイリ=クルディアーナ……天っぷ!!」
俺はタラ子の口を急いで塞いだ。そしてタラ子の耳元に顔を近付ける。
「おい……お前が天使ってこと、ザミアには言うな」
「もが?」
「どうしてもだ。魔物にバラしていい情報じゃねぇだろ?」
「もが」
「分かったか、絶対に言うなよ?」
「もが」
危ない危ない。またしてもザミアの逆鱗に触れるところだった。咄嗟に動いた俺の体、偉いぞ。
「改めて、あたしはアイリ=クルディアーナ……エンジェルです」
俺はタラ子の頭をスパーンとはたいた。
「な、なんばしよるとですか」
「こっちの台詞だ。お前俺の話、聞いてなかったのか? それともマジのバカなだけか?」
「失礼な、どちらでもありません。マジのバカの話を聞いてなかっただけですよ」
「誰がマジのバカだ殺すぞクソ女」
「そちらの貴女、アイリさん……と申しましたわね?“エンジェル”とは、どういうことなのですか? まさか……」
後ろから突き刺さる冷たく低いザミアの声。
ヤバい、吸われる。
「そ……そのまさかだ。こいつは……レシミラ王国王女である。身を挺して民たちの命を救い、どのようなことをされても怒りの片鱗すら見せないその性格から“エンジェル”の二つ名を持つ、崇高なる女子だ」
だいぶ苦しいが、これしかない。
「え、ちょ、勇者さん……?」
「いいから話を合わせろ。ミイラになりたくなけりゃな」
「はあ……そうですそうでーす。あたしはエンジェル並みに心優しく慈悲深い完璧美少女ちゃんでーす。崇め奉りなさーーい」
完璧美少女なんて一言も言ってねぇんだが。
「何だ、そういうことでしたの! そのような立派な方とご一緒できるなんて嬉しいですわ! 宜しくお願いしますわね、アイリさん!」
こいつもこいつで結構チョロいな。




