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第百十一睡 甘く優しく

 

 暗闇に長いこと居続けたからだろうか。


 目が慣れてきた。 


 慣れてきた……はずなのだが。


 何も見えない。


 何も見えないのは……何もないからだ。


 俺と、俺を妖しい微笑とともに見つめる、ザミア以外には、何も。



「怖いかしら?」


 俺の頬を優しく撫でながら、ザミアが一文字一文字を俺の頭に刻み込むようにゆっくりと尋ねた。


「ああ、怖い怖い。あんまり怖くて気が狂っちまいそうだ」


「貴方……どこでわたくしの能力を知ったのですか?」


「疑い深いお嬢様だな。さっきも言ったろ? あんな腫れ物に触るような攻撃なんざ、ドレインタッチくらいしか思い浮かば」


「貴方は拘束されている身。わたくしの神経を逆撫でするような虚言は、慎むのが賢明ですわよ」


 やっぱゴバーネイダー様は誤魔化せない……か。いや、外にいるタラ子やポラポラも、嘘だと分かってたか?


「カリカリすんなよ。何のこったねぇさ。俺はお前と一度、戦ったことがあるだけだ、ザミア」


「……どういうことです?」


 ツタが僅かに揺れた。きっと外からポラポラ辺りが攻撃を加えてくれているのだろう。


「頑張ってくれているとこ恐縮だが、この檻、簡単にぶち破れるほどヤワじゃなさそうだ。そうだろ、ザミア?」


「質問に答えなさい。過去、わたくしと貴方が一戦を交えた……その意味を説明してくださるかしら。生憎、わたくしには全く身に覚えが……」


「……ある意味、お前がこの技を使ったのは、幸いだったかもしれないな」


 やれやれ、おかしな話だ。


「俺は……お前を、お前たちを助けるために、生き返って過去に戻ってきたんだよ」


 魔物であるこいつに、最初に秘密をバラしちまうなんてな。


「っ……!! あ、貴方、まだそのような出任せを……」


「出任せなんかじゃないさ。俺はここ、ハルス王国で、お前と戦った。絶対の自信を持っていたドレインタッチが通用せず、お前は動揺した。今よりもずっと、な。その隙に外にいる白髪女がお前に電気ショックを食らわせ、お前は地に伏した。そこでお前は俺たちに真実を話してくれた。だがそれがいけなかった。余計なことを話しすぎたお前は、ミュガナッチェに殺された」


「わたくしが……ミュガナッチェ様に……!? 嘘よ! そんなはずが……」


 ザミアはあからさまに狼狽えている。そしてその両手を俺から自分の頬に移し、わなわなと震えながら恐怖の表情を浮かべる。


「ちなみに俺は、この事を誰にも話しちゃいない。お前が初めてだ」


「どうして……何故それをわたくしに……」


「お前……魔王が世界滅ぼすって言ってんのに、反対なんだろ?」


 ザミアの肩がビクンと跳ねた。


「そっ……そんなことは!」


「隠すなよ。嘘はナシって言ったのはお前だろ? お前が本当にこの国を壊滅されようと思ったら、このツタで一人残らず串刺しにしちまえばいい。わざわざ一人ずつ力を吸い取っていくなんて手間なこと、する必要はない。現にお前の能力を受けていない人だって、何人もいるみたいだしな」


「……貴方の仰る通りですわ。魔王様は戦いを望まない方でした。わたくしは優しい魔王様をお慕い申し上げておりましたわ。でも、最近になって……」


 何回聞いても聞き慣れないフレーズだな。


「俺の言うこと、信じてくれるか?」


「そこまで詳細に、そこまで真剣な顔をして言われたら、否が応にも信じるしかありませんわ。わたくしは魔王様を助けたい。魔王様の目を醒ましたい。その為なら、何だってしてみせますわ。例え勇者と手を組み、反逆者と罵られようとも……ね」


 俺を縛っていたツタが完全に解かれた。


「ふいい……やっと自由の身だ。サンキュな、ザミア。お前とならこうして分かり合えると思ってたよ。あとこの件は、くれぐれも外の奴には内緒で頼むわ」


「分かっていますわ。貴方にも、何か考えがあるのでしょう。それにしても……人間が死んで生き返るなんて、初めて聞きましたわ。一体どのような方法で……?」


「ああ、それはな……」




 何故か、その先を言ってはならない気がした。


 何の根拠もない、ただの第六感。


 でも、もう口が止まらなかった。




「テスティニア様の力だよ」




 ザミアは目を見開いて俺を見た。そして低い声で言った。


「“テスティニア様”とは……大天使テスティニアのことですの……?」



「ん……ああ、そうだけど?」



 俺の体を、先程の倍以上のツタが覆った。小指ひとつも動かせない。


「……そうですか。分かりましたわ。やはり貴方は……わたくしの敵です」


「え……おい、ザミア? どういう意味だよ……?」


「黙りなさい。貴方のような悪党はわたくしが……吸い尽くして差し上げますわ」


「いやいや、何のこっちゃ分からんが、もうドレインタッチは……ちょっ!!」


 ザミアはドレスのボタンに手をかけ、それを一つずつ、丁寧に外し始めた。


 スカートと連結したそのドレスを、ザミアは慣れた手つきで脱いでいく。


 その下に隠れた下着までも。


 あっという間にザミアの真っ白な裸体が俺の前にさらけ出された。


 ツルツルとした傷ひとつないなだらかな、それでいて出るところは出ている理想的な体型。肉付きも程よく、丁寧に整えられた、一つの彫刻を見ている気分だった。着痩せするタイプだったのかよ……幼児顔でそれは反則だろ。


 とか評価しながらマジマジと見ている場合じゃねぇっての、このエロ男が。何でいきなりザミアが怒って全裸になるわけ?


「貴方もわたくしの能力を見たことがあるならばご存知ですわよね? わたくしのドレインタッチは、標的とより濃密に肌を合わせれば合わせるほど、より多くの力を吸い取ることができますのよ。服の上からより地肌の方がその効果が増すのは必然ですわ」


「そう言えばそんな話も聞いたような気がしないでもないが……俺が聞きたいのはそのことじゃなくってさ。あれ? おたく、俺に協力してくれるって言ったよね?」


「黙りなさいと言ったはずです。あんな者と関わりを持っている貴方の言うことを一瞬でも信じたわたくしが愚かでした。わたくしは貴方を絶対に許しませんわ。覚悟なさい、醜き人間」


「いや確かに乱暴な大天使様だけどさ、お年寄りにそんなこと………」


 ザミアは思い切り腕を広げたかと思うと、身動きの取れない俺を真正面から優しく抱き締めた。


 その時、ザミアの体がほんの少しだけ、光を纏った。例のエメラルド色の光を。


「ふふ……さすがの無気力な貴方でも、ここまで密着すれば能力が通るらしいですわね。緊張していらっしゃるのかしら? 汗がジンワリと……それにほら、拍動がだんだん速く……トクン、トクンって………」


 ザミアが俺の左胸の辺りに手を置き、もう片方の手で俺の頭を優しく撫でながら、甘く囁いてくる。


「くっ……離れろ……!」


「それは出来ませんわ。わたくしが貴方に極上の快楽を差し上げますわ。貴方の命と引き換えに」


 精一杯に体を動かして抵抗するが、ツタとザミアの拘束はキツくなるばかり。


「でも、思ったよりも力が流れ込んで来ませんわね。常人なら、三秒ほどで衰弱死してしまうのですが……」


 確かにそうだ。あの木箱に隠れていた男性の時と比べて、ザミアの体から溢れる光は圧倒的に少ない。ここまで肌を合わせているのに……だ。


「さすが、惰剣レイジネスの所有者である……と言っておきましょうか。仕方ありませんわね、少し恥ずかしいですが……」


 ザミアの手が、再び俺の頬に当てられた。先ほどと比較して、興奮からかやや熱を帯びた柔らかな手は、俺の肌にぴったりと吸い付いた。


「本当はこの技を使いたくはないのです。受けた者はあまりにも多くの力をわたくしに奪い取られ、瞬く間に干からびて死に至る。その様子を見るのは、さすがのわたくしも心苦しいのですわ。ですがご安心を。貴方に降りかかる苦しみなど、快感の前には取るに足らないものですわ」

 


「何を――――――んむっ!?」



 ザミアの長い睫毛が目の前にあった。その奥の瞳は、俺を見るなり、フッと細くなった。笑っているのだ。笑いかけているのだ。



 口付けを交わしている、俺に対して。



 お互いの唇が少し触れるほどの、軽いキスだった。


 それなのに、全身の力が抜け、体がダルくなっていることに気付いた時には、ザミアの体は直視できないほどに光輝いていた。


「体、震えてますわよ? 異性との接吻は初めてですの?」


 ザミアが軽いリップ音を立てて唇を離し、俺を軽く見下すように笑って言った。


「何で同姓とはしたことある確定みたいな言い方するかな。ってかいきなりキスとか意味がわから……いんだけど……」


 上手く舌が回らない。


「“ドレインキス”……こと相手からエネルギーを奪い取るという目的の上では、最も強大な技ですわ。相乗効果として、相手を魅了する力もありますのよ。そろそろ効いてきた頃かしら?」


 確かにザミアの言う通りだった。頭がボーッとしてきて、目の前にいる裸の美少女を見ていると、胸がキュンと切なくなった。


「バカが……俺ぁロリコンじゃないっての。お前みたいなガキ……」


「虚勢を張っていても、わたくしには分かりますわ。貴方が何もできないまま、ただわたくしに全てを捧げることに恐怖していることも、自分の命を狙っている筈のわたくしを愛してしまっていることも、全て。ああ、なんと幸せなことでしょう! 貴方がわたくしに愛を捧げながらゆっくりと衰弱していく様子を、こんなに近くで見ることが出来るのですから! ふふふふ……あはははははは!!」


「てめえは……むぐっ!!」


 何の躊躇もなく、再び俺に唇をくっつけるザミア。先程よりも強めに押し付けてくる代わりに、泣いている子どもをあやすように、ひたすらに俺の頭を撫でる手だけは止めない。


 視界がぼやけてきた。


 顔を背けても、遠ざかろうと体を捻っても、ザミアは執拗に俺の口を貪り続ける。


 顔が近くなったザミアの頬が俺の顔を名残惜しそうに滑っていった時、俺は抵抗をやめていた。


「ぷはっ……限界ですわね。うっかり口を滑らせたのが運の尽きですわ。このままわたくしに堕ちなさい。貴方の力の最後の一滴まで、わたくしが……んっ」


 三度目のキスは俺から繰り出した。そこにはもう、逃れたいという思いはなかった。


 ただ俺は、ザミアを求めていた。


「ザミア……俺はお前のことが……」


「わたくしも……わたくしを愛してくださる貴方が大好きですわ。だから、もっと愛してください。もっともっと……その命の全てがわたくしに吸われてしまうまで、わたくしを求め続けてください。さあ……」


 顔を赤らめたザミアが俺に笑いかけた後で、軽く唇を突き出し目を瞑った。


 俺の中にはもう、理性が残されていなかった。


 それから何度も何度もお互いの愛情を確かめるようにキスを続けるうちに、永遠に続いてほしかったこの時間は、俺の意識が唐突にフェードアウトしたことで、呆気なく終わりを告げたのだった。



 分かってる。俺がザミアに向けているものと違って、ザミアが俺に向けている愛は、偽りだってことぐらい。



 全部、分かってるんだ。



 くそが……もう届かねぇとは思うけど、一応謝っておくか。




 悪い……タラ子。



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