第十睡 なまえの ちからって すげー!
エライこっちゃエライこっちゃ、おいおいおいおい。
どういうことだこれは?
何故にして俺は国王の城の前に立っている?何故にして国王の城は俺の前に建っている?
いやいやそれよりなにより。
アイリお嬢様てなんぞ。お嬢様ってまさか、おまえまさかまさかまさかおまえおまえまさかおまえまさかおまえ。体から暑さとは違う変な汗が溢れてくる。
タラ子は首だけを俺の方に向ける。そして自分でもはっきり分かるほどに動揺している俺を見て、今度は全身を向けて、
「何ですか……あたふたしちゃって、らしくない。言ってませんでしたかね? では改めて自己紹介です。あたしはアイリ。アイリ=クルディアーナ。レシミラ国王ユスティニア王の娘です。よろです」
「国家レベルの言い忘れはやめてくれ。心臓がバカになる」
タラ子はセーラー服のスカートの端をつまみ、カーテシーを行う。
この娘が?このニートの母と自宅警備員の父を持ってそうな無気力ガールが?
国王の娘……だと……?
俺は膝から崩れ落ちたい思いだった。天使の時はすんなり受け入れられたが、これはちょっと信じたくない。今年一番驚いたかもしれない。
でも、
「お嬢様、道中よくぞご無事で!」
「王も心配しておりました。どうぞ中へお入りください!」
この逞しきイケメン兵士たちとレッドなカーペットが織り成す豪華絢爛な花道を見てしまえば……ねぇ?
「ところでそちらの男性は?随分と変わった格好をしておられますが、もしかして……」
おっ、やっと俺に来たな。別に置いてきぼりだったことに怒りはない。国王の娘が一人で異世界に行って、無事に帰ってきたんだ。それに比べりゃ俺への意識が霞んでしまうのも頷ける。
一気に兵士たちの視線が集まる。ジャージ姿はさすがの俺でも多少気が引けるな。
タラ子が俺に左手を向けた。紹介してくれるらしい。こんな大勢の前で喋る勇気ないし、大人しくご紹介に預かろう。俺が救世主候補なんて聞いたら、この人たちはどんなリアクションをするか、楽しみだ。軽くジャージのシワを伸ばし、咳払いをする。
「ご紹介します。この人が魔王の手から世界を救ってくださるとあたしが見込んで連れてきた勇者候補……十諸 輿ノ助さんです」
「「「「ぶぼっふ!!」」」」
よっしゃ。お前ら全員、腹斬れ。
はいはい分かってました、分かってましたよーだ。そうだよ、たとえ俺が宇宙人だろうが総理大臣だろうが、結局名前で全部おじゃんなんだよ。どんな肩書き背負ってようが、名乗っちまえばそっちに注目が集まっちまうんだよ。城で働く兵士だから、そういう教育もちゃんとされてると期待した俺がバカだったんだよな。そもそもお嬢様だって耐えられなかったわけだし。慣れろ慣れろ、もう覚悟は十数年前にできたはずだ。
「本当に大丈夫かよ、あんな奴でさ……。名前にトウモロコシが入ってる奴が強いわけねぇだろっての」
「いんや、分かんねぇぜ。よく言うだろうが、“トウモロコシは小粒でもピリリと辛い”ってよ」
「ぶへっ!! おま、お前それ山椒だろ! やめろよマジで!! 粒だけども! 確かに粒々してるけども!! ひゃーひゃひゃひゃひゃ!!」
泣きそうなんだけど。帰っていいよねこれ? 充分に帰る口実できたよね?
帰って役所に行こう。そんでまた改名しよう。
「お待ちなさい、あなたたち」
タラ子が今までにないくらいの凛とした声で兵士たちに言葉をかけた。その場がシンと静まり返る。
「あなたたちだけでは頼りないと思ったから、彼をわざわざ連れてきたのですよ? それを歓迎するどころか名前を馬鹿にするなんて……恥を知りなさい。彼はあたしたちの希望なのです。丁重におもてなしすること。いいですね?」
「「「「はっ!!申し訳ありませんでした!!」」」」
さっきからうるさいなこいつら。息ぴったりかよ。見せつけちゃってんの?
とにもかくにも、こいつは驚いた。まさかタラ子に助けられる日が来るとはな。驚きだ。あんたが言うな感はすごいけど、ちゃんと感謝しないとな。
「無礼をお許しください。彼らにはあたしから厳しく言って聞かせますので」
「おう。助けてくれて、ありがトウモロコシ」
「ぶはっ!!ぷくく……さ、さあ、中に、入りま、しょうか……ぷくくく……」
これで駄洒落勝負は一勝一敗か。ナイスマイネーム。




