第百六睡 初代の犬はトラウマ
「ここでルシュアさんがいなくなったのか、ブス?」
移動すること五分ちょい。さっきのとは違う大きな果物屋の近くまでやって来たものの、やはりルシュアさんの姿はない。嫌気がさした俺は、露骨に眉間にシワをかき集めて相手に尋ねた。
「え……ええ、そうよ。厳密に言うとアタクシが気付いたのがここだから、もう少し別のところかも知れないけれど」
「しかし、いなくなったとだけ言われても手掛かりがなければ……何か思い当たることはありませんか、ブス?」
「………と、特にないわ」
「そっか……えっと、好きな食べ物は何だ、ブス?」
「うーむ……ご趣味は何ですか、ブス?」
「アンタたちいい加減にしなさいよおおおおおっ!!!」
地割れでも起こしそうな声で叫ぶ。俺たちは耳にフタをした。
「何なのよ、さっきから!! アンタたち人のこと“ブス”って言いたいだけでしょ! 何故ならアタクシの好きな食べ物や趣味は今この状況で問われるべき事柄ではないからね!! 今までは一応“姫”がついていたから許してあげていたけど、こうなればもう虐待! イジメよ!!」
「何がイジメですか、ミジメな顔して」
「何が虐待イジメだよ、処刑○ジニみてぇな顔して」
「誰がミジメな顔よ!! そんで何よ処刑マ○ニって!! きいいいいいいっ!!」
バイ○ネタは通じないか。いや、通じる方がおかしいか。とりあえずバカにされていることは察したブス姫は、頭をかきむしって悔しがっている。
「もういい! アンタたちに頼ったアタクシが愚かだったわ! アタクシ一人でルシュアを探してみせるから、アンタたちみたいな役立たずはどこへなりとも行きなさい! アンタたちが“役立たず”のレッテルを貼られたままでもいいなら話は別だけどね!」
「タラ子、そろそろ昼飯にすっか。ここいらで旨いもんって何がある?」
「近くに牧場があると聞きました。乳製品とかが美味しいのではないでしょうか?」
「お、マジで? そいつは楽しみだ。チーズフォンデュとかいいかもな」
「剥がしなさいよ、レッテルを!! なにちょっといいもの食べようとしてんのよ!!」
どうすりゃいいんだよ、もう。
「ったく……こんなんじゃいつまで経ってもルシュアさんが見付けられへんやろ! 本腰入れて探そうや!!」
ポラポラいたんだ。どうやら物事がスムーズにいかないとイライラするタチらしい。そんなタチじゃなくてもここまでスムーズからかけ離れてたらキレたくもなるか。
「つってもなぁ……こんな人まみれの所、無理だろ。海の中から幻の一滴を見つけろ、って言われてるようなもんだぞ」
「まったくです。方針もなく探し回るなんて愚の骨頂ですよ」
「アンタたち、いい加減に……きゃあっ!!」
突如聞こえたブス姫の悲鳴。何だろう、また鏡でも見たのかな。
「ちょっ……何よこれ! 引っ張られ、る……!!」
ブス姫は地に足をピッタリとつけて踏ん張るが、堪えきれずブワッと体が浮き、そのままギュンと後ろ向きで勢いよく飛んでいってしまった。まるで何かに引きずり込まれているかのように。ブス姫だけ別方向に重力が働いているかのように。
「何だよこれ、どういうことだよ……まさか……ブス姫に好意を持つ奴がいるってのか!?」
「そこじゃないでしょ!! 早く助けなさいよ! ちょっとおおおお!!」
途中にある人も物もお構いなしで、ブス姫は一直線にどこかへ向かっていく。いや、向かわされている。
「勇者さん、これは追った方がいいかもしれません。嫌な予感がします」
「嫌な予感って何やねん、アイリ?」
「……とにかく行ってみましょう。見失ったら面倒です」
タラ子は何かを知っている。
この先に、何があるのかを。




