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第百睡 ナカーマ

「ゴバーネイダー……ってことは、お前も四天王とやらなのか?」


 ミュガナッチェ……だっけか。目の前の少女は確かに底知れぬ不気味さを秘めているが、奴ほどの危機感……第六感で“コイツはヤバい”みたいな感じはない。


「わたくしが四天王……ふふ、本当に、次の言葉が予想できない方ですわね。嫌いじゃありませんけれど」


「違うのか?」


 からかわれている気がした俺は、少し語調を強めて返す。


「四天王だけがゴバーネイダーというわけではありませんのよ。ゴバーネイダーというのはご存じの通り上級の魔物。ですが元は皆、下級魔物(ベスチャ)、あるいは中級魔物メダイオとしてしか産まれませんわ。最初からゴバーネイダーだった方なんて、少なくともわたくしは聞いたことがありませんのよ」


 俺たち全員の反応を一通り見てから、ザミアは続けた。


「……そこからあらゆる手段を使い、ベスチャやメダイオはゴバーネイダーへと変わっていきますわ」


「あらゆる手段って何なのよ!? もったいぶらないで教えなさいよ!!」


 早くも我慢の限界を迎えたブス姫。マンガっぽく言うならばプンスカプンスカと怒り、ザミアを威圧する。ザミアはブス姫を見て、僅かに眉を動かした。続いて、多少興味深そうに歩み寄ると、自らの顎に手をあてて、こう言った。


「貴女……魔物ですの? 御顔から邪気を感じるのですけれど……人の形をしていらっしゃるということは、ゴバー」


「違うわよ!! 何よ、どいつもこいつも寄って集って人の顔の事ばかり言って!! 魔物も人間もあったもんじゃないわよ!! だいたいね、(ひが)みもそこまで来たら憐れみすら覚えるわよ! いくらワタクシの顔が美しすぎるからって! 美しすぎるからって!」


 大切なことじゃないのに二回言いやがった。


「ぶっちゃけ、アンタたちみたいな奴等に“ブス”とか言われても、何も思わないわ! 頭の悪い奴等が天才を悪く言うのは人間の悪しき習性だけど、心の中ではその人のよく出来た完璧な脳味噌を欲している! 簡単に言えば、そういった悪態の根本にあるのは嫉妬なのよ! アンタ達だってそうでしょ!? 丁度いいわ、アタクシの顔を見て最初に浮かんだ一言を、一人ずつ正直に言ってみなさい! 勇者、クソ王女、関西弁、根暗魔物の順番で!」


「前世の贖罪」


「爆心地」


「祟り」


「汚い仲間」



「ヴァァアアアアア!!」


「ちょっと、汚ぶ……姫様、どこさ行くんだ!?」



 クリティカルヒットを四発まともに食らったブス姫は、奇怪な声を出してどこへともなく走り去っていった。ルシュアさんはすかさずそれを追い掛ける。今“汚物”って言いかけたよね。


「あらあら、二人も逃がしてしまいましたか。残念ですわ」


 俺たち三人は同時に身構えた。


「まあ、怖いわ。ご安心なさって。わたくしは貴方たちと戦う気は、毛頭ございませんのよ」


「そんな出任せ、ウチらに通用する思うか?」


「出任せだなんて。三対一でまともに戦って勝てるだなんて甘く浅はかな考えを抱くほど、愚かではありませんわ。ただ貴方たちが、わたくしに身を委ねてくださるだけでよいのです」


「どういうことですか……?」


「実際にお見せした方が早いですわ。そちらに隠れていらっしゃる殿方で」



「ひっ……」


 近くにあった大きな木箱がカタンと動く音と同時に、男性の低い怯え声が聞こえた。まだ正気の人が残ってたのか。


「大丈夫。怖がることはありませんわ。わたくしが、包み込んで差し上げますから。甘く、優しく、貴方を愛して差し上げますわ」


 一歩ずつ、中にいる獲物を弄ぶかのように、ザミアは茶色く汚れた木箱に歩を進める。その前まで来たとき、彼女は細い腕をバッと広げた。そのまま木箱の上から男性の頭をふわりと抱き締めた。


 次の瞬間、ザミアの体が薄いエメラルド色に光り始めた。


「ああっ……入ってきますわ! 貴方の力が、じわりじわりと、わたくしの中にっ……!」


「ああ……あああ……!!」


 喜びに打ち震えるザミアと、その拘束から逃れようと体を動かす男性。


「怖がらないで……わたくしの体温を感じてください。ほら、ゆっくり、肩の力を抜いて……」


 あれほど暴れていた男性が、一度ザミアに頭を撫でられると、燃え尽きたように抵抗をやめ、自分よりも幾分も小さな体に身を預けている。遊び疲れて母親の胸の中で眠る、赤子を見ている気分だった――。


 ザミアが名残惜しそうに男性から離れた。残された男性のもう周りのそれらと何の変わりもない、幸せそうな顔で、木箱の縁にもたれかかっていた。


 ザミアはおさげをホロリとほどくと、あどけない笑みを、血色の芳しくない顔に貼り付けて、俺たちに披露してみせた。長く背中に垂れた長く美しい髪は、見た目にそぐわぬ彼女の色気をさっきより何倍も跳ね上げていた。


「これがわたくしの能力……“エナジードレイン”。触れた者の力を吸い上げ、自らに取り込む技ですわ。技を受ける者が恐怖すればするほど、そして、わたくしとより濃密に肌を合わせれば合わせるほど、その威力は増しますわ。力を限界まで吸い取られた者はこのように至福に溺れた哀れな脱け殻に成り果てて、やがて衰弱して死に至ります。貴方たちの周りにいらっしゃる皆様も、間もなく――」


「てめえ……ファーストインパクトの三倍、趣味の悪ぃガキだな」


 レイジネスを抜く。ゴバーネイダーにしっかり戦意を向けるのは、これが初めてだ。さすがに緊張する。柄に滑り止めでも付いてりゃ良かったのに。


「あら、何が悪いのでしょう? いずれ世界は滅び、魔物で埋め尽くされる運命(さだめ)。恐ろしい魔物さんたちに徐々に死へとおいやられ、死体に成り果てても尚、その肉を啄まれ続けるか、今ここでわたくしに抱かれ、終わらない幸福の中でゆったりと死んでいくか、周りを徘徊していらっしゃる皆様は、いったいどちらを望むかしら?」


「ゴチャゴチャ抜かしてるところ恐縮だけどさ。みんなみーんな、望むものはただ一つだと思うぞ。肉を食む魔物も、自己陶酔に浸る変態幼女もいない、平和な世界だよ。おっ、今のカッコよかったんじゃね? どう思うタラ子?」


「そうですね、カッコ悪い人の次ぐらいにカッコ良かったです」


「殺すぞ。まあいいや、ポラポラに頼みたいことがあるんだけどさ」


「な、何やねん……こんな時に改まって……?」


 ポラポラはザミアの能力が衝撃的だったのか、俺に呼ばれるまで心ここにあらずな様子だった。


「今の男の人の他にも、まだ無事な人がいるかもしれない。もしいたら、助け出して安全な場所に連れていってやってくれ。ここは俺とタラ子が引き受ける」


「はあっ!? アンタ、話聞いとらんかったんか!? ゴバーネイダー言うたら、三人がかりでもマズい相手やろが! あのバカでっかい鬼や蜘蛛かて、話にならんぐらいやねんで!? それを……」


「分かってる。勝つための作戦ならあるよ。だから……頼む」


 腕を組んで苦しそうに唸りながら悩んむこと十数秒、ポラポラは顔をあげた。


「ああ、分かった分かった! しゃあないから言うこと聞いたるわ!! ただし……次に会うた時にだらしない顔で死んどったら、来世まで呪うからな!!」


 ポラポラは走っていった。一番しっかり者のアイツに任せてたら、大丈夫だろう。俺はザミアに視線を戻した。


「……追わねぇのか? ずいぶんと余裕なんだな」


「あら、わたくしに“勝つための作戦”が既に定まっている貴方の方にこそ、余裕があるのではありませんこと?」


「そこを言われたらどうにも口をつぐむしかないね」


「ふふ、人間であるにもかかわらず、ゴバーネイダーを前にしても身じろぎ一つしないなんて、ソソられますわね……! その顔が恐怖で歪む様を想像するだけで……ああ……素晴らしいわぁ……!」


 顔を上気させ、両手を頬に当て、濃い溜め息を一つ吐き出したザミア。その薄紅く染まった顔に妖しい笑みを携えた彼女がこちらにゆっくりと歩いてくることに気付いた時には、もう彼女はすぐ近くまで来て、今度は俺の右頬に手を伸ばすと、寸前でそれを止めて、上目遣いで俺を見た。


「あらあらぁ、どうしたんですの? 早く逃げないと、手が触れてしまいますわよ? あなたの力、ドクドクって、吸い取られても宜しいんですの? それとも……平和な世界などと綺麗事ばかり並び立てて、貴方も死と引き換えに得られる極上の快楽を望む、卑しい獣さんだったのですか?」


「自惚れんなっての……ガキが」


【黒服女を斬れ】


 命じられたレイジネスは、すぐさまザミアの右肩を切り落とす……筈だった。



「遅い」



 ザミアが後ろに軽く跳ねた。ただそれだけで、完璧な軌道を描いていたレイジネスは空を斬ることになった。


 初めてのことに、唖然とするしかなかった。



レイジネスが……避けられた……!?



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