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第九十九睡 無気力の国

「うわ……こりゃまた予想を遥かに上回って来なさって……」


 歩くこと小一時間程度、俺たちはハルス王国に到着した。隣国って言ってんのに遠すぎだろ。もう三日分くらいの体力を使い果たしたよ俺は。


 まず見えたのは王都だった。想像していた五倍以上の人混み。全体像を見ていないから断言はできないが、確実にレシミラ王国よりも大規模な国であることは否めないだろう。


 とはいえ王都は王都。全方位に立ち並ぶ建物と縦横無尽な人の波という基本構造は変わらず。暗く人気のない所で眠るのが好きな俺の理想と見事に対照的なエリアだ……けど……。


 呆気にとられた。俺が言った「予想を遥かに上回る」とは、あくまでもハルス王国の規模の話。目眩がしそうな王都を眺め切ってのコメントだ。


 あらゆる感覚器官の力が抜ける気分だった。ブス姫の言う“荒れに荒れている”様子も俺の視界には全く映っておらず、想像していたような、民の怒号も、喧騒も、血の匂いも、殺伐とした空気も、バツの悪さも、何ほども、現状を説明する言葉としては、面白いぐらいに不適だった。あえて何か言葉を当てはめるとしたら……“平穏”かしら。


 俺はブス姫の顔を鷲掴みにした。唇をタコのように尖らせたブス姫は、腫れぼったい目を限界まで開き、驚きを表現しながら俺を見た。


「に゛ゃっ……に゛ゃにずんのよおっ!?」


「何すんのじゃねぇだろブスごら。一時間歩かせて何にもありませんでした、なんてカスみたいなオチを突き付けられた俺の悲しみと怒り、お前のような心を持たない野獣には分からないだろう? どこが“荒れに荒れている”んだ? その腐った目にはそう映ってるのか? ん?」


 敬語なんか使ってらんない。“労”がそもそも大嫌いな俺がせっかく動いてやったのに、それが“徒労”に終わった時の虚しさの、なんと名状し難いことか。


「お……おかしいわ! 今朝まではこんなに平凡な感じじゃなかったもん! ねっ、ルシュア!?」


「んだな、こればっかりは姫様の言う通りだ。確かにオレたちが出てくる前は、物も飛び交い、市民たちは殴る蹴るの大喧嘩。手がつけらんねぇからって、慌ててオメエさん方の所に来たってのに。なして急にこんな事に……」


「アンタらが離れとる少しの間に暴動がキレイさっぱり収まったっちゅうんか? んなアホな話が……」


 俺はブス姫から手を離した。


「勇者さん、ここの人たちの様子、何か変じゃありませんか? ただ穏やかなだけには見えないんですが」


「ん、ああ……言われてみれば……」


 タラ子に言われ、改めて市民たちを目を凝らして観察してみる。


 道行く人々の視線は例外なく斜め上。ポカンと口を開けて幸せそうに、どこか満足げにフラフラと歩いている。その歩みには一切のやる気を感じられず、まるで魂を抜かれてしまったかのように、行くあてもなく徒にさ迷っているだけに見える。人の多さで盲点だったが、一人一人を見ると確かに不気味な光景だ。


「確かに異常やな。それにしてもどいつもこいつもヘラヘラしよってからに、なんや腹立ってきたな……おいアンタ! しっかりせんかい!!」


 ポラポラが近くにいた中年男性に話しかけた。男性は首をグルンと回してポラポラを笑顔で見つめた。


「……なにぃ?」


「いや、何って……シャキッとせえ言うとんねん! どないしたんや、アンタ!? そこの姫さんの話では、さっきまでドンパチ争っとったらしいやん!」


「ああ、いや、なんかもう、どうでもよくなっちゃって……べつに、あらそうひつよつもないかなぁ……って。ははは……」


 しゃべり方からして、既にポラポラに意識が向いていないのが分かる。


「ど、どないなっとんねん……コイツら“穏やかになった”ちゅうよりかは、誰かに無理やり“牙を抜かれた”みたいな……」



「勘がいいのね」



「っ……いつの間に……」


 俺たちの後ろに、小学生くらいの女の子が立っていた。目の下にはタラ子以上にくっきりとした隈があり、生気を感じられないドヨンとしたオーラを全身から醸し出している。まるで、全身真っ暗な服から色素が滲み出ているようだ。墨を塗ったような真っ黒な髪をおさげにして、こちらをジッと見つめている。美少女なのは美少女だけど、どうしても不気味さが勝っちまう。


「なっ……何よアンタ! いつからそこに……!」


「あら、貴方達がここに来たときから、ずっと後ろにいましてよ。まさか、誰一人として気付きませんでしたの?」


 市民に注意を向けすぎていた……にしても、誰も気配を感じとることが出来なかったなんて……。


「年端も行かねぇ女が、えらく大人びた振る舞いをするもんだ。にしても魔物ってのはロリコンばっかりなのか? どいつもこいつもガキを狙いやがって」


「なんの話ですの?」


 上品な言葉遣いの、しっとりとした声が俺に向いた。こてんとあどけなく首を傾げてくるが、二度も同じ手は通じぬよ。


「もうそういうのいいから。魔物が操ってるんだろ? また蜘蛛の糸か? それとも憑依か? 何にせよ胸糞悪いんだよな、そういうの」


「ふふ……面白い方」


 女の子は長いスカートの裾を軽く引きずり俺に近寄る。身長差があまりにもあるため、俺は視界をグンと下に下げた。その様子を見て彼女はゆっくりと両目を細めて優しく微笑んだ。


「蜘蛛の糸でも、憑依でもありませんわ。わたくしの名前はザミア=マグレーヌ。上級魔物(ゴバーネイダー)……と申し上げれば、分かっていただけるかしら?」




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