第九睡 友達とぶどうを食べるときは最後の一粒まで仲良く分け合おう。分け合いたくなければ各々で買おう。
長い長い野原を抜けると、次第に人の声が聞こえてきた。1人2人じゃない。俺は生唾を飲み込む。入れ替わりで腹の底から溜め息がこぼれる。学校の全校集会でも辛いのに、よりによって国で一番栄えているところに今から踏み込もうだなんて、考えるだけで目眩ものだ。
そうこうしているうちに、
「さっ、着きましたよ。ここが王都です。あたしの家もここにあります。人が多いので、離れないようにしっかりついてきてくださいね」
浮かない表情の俺にタラ子が声をかけてくる。普段からあまり声量がないため、耳を澄まさなければ周りに掻き消されてしまいそうだ。
「まるで子どもと親だな」
「人は経験を積むことで学習し、知識を身に付け、ある物事に慣れていきます。逆に言うと、経験を全く積んでいなければ、その人はその物事において赤子同然なのです。あなたはこの世界に来たばかり、つまりは赤子のようなものです。そしてこの世界に長く住んでいるあたしは、あなたの親みたいなものなんです」
「よく分からん理屈だけどすごく説得力があるのは何故だろうな」
と、目の前には大きな門のようなものが聳え立っていた。その先に見えるのは、まるで世界史の教科書の中世ヨーロッパの部分のページにそのまま飛び込んだかのような風景だった。広い広い石畳の上を軍靴をカツカツと高らかに音を立てて歩く、鎧を身に付けた騎士。それとすれ違いこちらに向かってくるのは、凛々しい顔をした馬車の上で呑気に大欠伸をする、髭の生えた中年男性。彼は俺を見て己の目を疑ったような顔をしたが、それを気にも留めない逞しい馬に揺られて門を出ていった。
ふと俺が気になったのはこの二人だが、その中にいる無限とも言えそうな住民たちの格好も、俺の世界では目立ちすぎるくらいのものだった。この感じだと……原材料は亜麻とか、ウールとかか?男性はシャツの上にスカート状の長い衣類を身に付け、女性も長い下着と……中には頭にヴェールを被っている人もいる。両側には煉瓦造りの住宅や木造の果物屋や魚屋、服屋のような店が立ち並んでいる。来たことはないのに、どこか懐かしい。
入り口に突っ立っている俺の足に勢いよくぶつかったのは、三人の幼い子どものうちの一人だった。彼らは俺が見ていた果物屋にタタタッと駆け込み、ぶどうのようなものを一房買うと、遠くに見えるドデカい噴水まで我先にと向かっていき、そこに腰をおろすと、一粒一粒を千切り、三人並んで美味しそうに食べ始めた。
「タラ子もぶどう、ひとつぶどうだ?」
「ぶっ殺しますよ」
ひゅう、心臓を抉り取らんばかりの暴言。駄洒落はお嫌いみたいだ。
ここは邪魔になると思った俺は門を抜けると、道は限りなく広がっており、一日や二日じゃとても全て探索できそうにない。門に入った俺の全身に突き刺さったのは、まさに未来人でも見るかのような視線だった。しくじった、もっとコソコソ行動するべきだった。完全に皆の注目の的だ。
「まあ、色々と考えることはおありでしょうが、ここはひとまずあたしの家に向かいましょうか。お父さんとお母さんを紹介します」
「あ、ああ……そうか」
当然、タラ子は堂々としている。人混みをかきわけて自宅へ突き進むタラ子のセーラー服の裾を、俺はキュッと掴んで後に続く。お化け屋敷の彼女か俺は。つか何でこいつはセーラー服なん? このクソ暑い中で上下しっかり着こなしちゃってさ。まだ納得いく説明されてないんだけど。特にタラ子には視線は集まっていないことからすると、この世界では常識なのだろうか?そんなに有名なのか?つか、こんな服の奴がこの世界に住んでりゃ、一度見ただけで忘れられないだろうけどさ。
「ぶっちゃけ、あたしが同伴する必要もないんですけどね。ここからあたしの家、見えてますし。正直あなた1人でも行けますよ」
聞き間違いを疑った。
「冗談キツイな。ここには初めて来たって耳にタコができるほど言ってきたし、そもそもあんたが拉致ってきたんだからさ。ここから俺みたいな方向音痴が行けるとしたら、あのバカデッカい城だけだろ。まさかあんたがあそこに住んでいるわけな────」
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「「「「お帰りなさいませ!! アイリお嬢様!!」」」」
ひょぬ?




